グンブロ広告

ビジネスライセンス料  3,000円/月

飲食関連事業用 ライセンス 毎日1セット広告  1,600円/月

お問い合わせは、 info@gunmawen.net

本広告は、30日以上記事の更新がされませんと自動的に掲載されます。 記事が更新された時点で、自動的に破棄されます。  

Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2011年04月03日

「チェルノブイリ子ども基金」の見解

  4/3 その三


【↑ 毎日新聞より転載】
多くの死者と行方不明者を出した仙台市若林区の住民たちで自宅周辺をまだ見たことがなかった人たちが2日午前、自衛隊の特殊車両に乗って約3週間ぶりに住んでいた地域の被災状況を目の当たりにした。住民たちは様変わりした風景にぼうぜんとしていた=幾島健太郎撮影

////////////////////////
 今回の福島原発事故で、小さいお子さんを持った母親の皆さんは、大変なご心痛かと思います。 「生体濃縮と食物連鎖」の関係から、小さい子供さんほど影響を受けてしまうのは明らかとされていて、予防のため、先頃の一部区域の水道水規制となったほどなのですから。
 なお、今後のご参考までに、「チェルノブイリ子ども基金」のサイトで語られていた「日本産婦人科医会」の見解とのミスについて、以下のお知らせをさせて戴きます。
 .......................................
 下記は、 「チェルノブイリ子ども基金」のHPです。
http://homepage2.nifty.com/chernobyl_children/index.html
 この中の、次のサイトをご覧ください。
 日本産婦人科医会「福島原発事故による妊婦・授乳婦への影響について」に対するチェルノブイリ子ども基金の見解
   http://homepage2.nifty.com/chernobyl_children/appeal-20110330.pdf


 【資料①】
 類似の名称で紛らわしいのすが、下記の二つの会は異なり、②の日本産科婦人科学会の記述ではありません。
 ① 公益社団法人 日本産婦人科医会 
   http://www.jaog.or.jp/index02.html
  新宿区市谷八幡町14番地市ヶ谷中央ビル4階 
   電話:03-3269-4739 FAX:03-3269-4730

 ② 公益社団法人 日本産科婦人科学会 
     http://www.jsog.or.jp/
  〒113-0033 東京都文京区本郷2丁目3番9号ツインビュー御茶の水3階
   TEL:03-5842-5452  FAX:03-5842-5470
 
 【資料②】   日本産婦人科医会の問題の論文
・ 福島原発事故による妊婦・授乳婦への影響について(2011.3.19)
http://www.jaog.or.jp/News/2011/sinsai/fukusima_0319.pdf

 【資料③】   
【「チェルノブイリ子ども基金」について】同会の説明を転載。
私たち「チェルノブイリ子ども基金」は、フォトジャーナリストの広河隆一がチェルノブイリ原発事故の被災地で母親たちの訴えを聞いたことにより1991年に発足し、募金活動を開始しました。20年間、さまざまな救援活動をウクライナ・ベラルーシの被害者、特に子どもたちに対して行ってきました。事故後25年が経過しようとしている今でも、事故後に生まれた子どもたちさえもが、重い病気になり、命を落としています。  


Posted by やんばちゃん at 19:56Comments(2)原発関連

2011年04月03日

原発関連アニメのご紹介

4/3 その二
16時38分頃、また地震です。震源地は福島県沖。津波の心配なし。
  
一  福島第一原発の無人機による空からの撮影だそうです。
  あらためて観てみると、想像以上にひどいですね。
 http://photos.oregonlive.com/photo-essay/2011/03/fukushima_dai-ichi_aerials.html

二、次のアニメはほほえましいので、転載させて戴いてみました。
 実は題名がちょっと不謹慎なので、数日前に届いた時には観ていなかったのでしたが、別ルートからまた届いたのでクリックしてみましたら、とっても解りやすいものでした。端的な言い回しなので細部への疑問もありますが、大筋において間違えていないと思いましたので、既にご覧になられていられる方もいらっしゃるでしょうがご紹介いたします。
 本当に早く、「原発くん」ともども「福島原発」のおなかも治ってくれるといいですね。

 ※なお、同一画面上には他にも幾つかのユーチューブがあります。が、取り出すことも削除することも出来ません。ご覧になられる際には、皆さまのご判断で選択なされ、その判断基準は自己責任にて、よろしくお願いいたします。
 (どうかもう、抗議の類はご容赦くださいますよう。……いささか神経がまいっております)
////////////////////////
 子どものための原発解説ムービー 「おなかがいたくなった原発くん」
  http://www.youtube.com/watch?v=ZUzBvxdnCFM
  


Posted by やんばちゃん at 16:50Comments(0)原発関連

2011年04月03日

私の東京ミニ散歩

4/3 その一



 わが家のテレビは年年歳歳、老化現象が進み、今や10と12、それと放送大学とまれに8チャンネルしか映らないのです。アンテナがダメなのだとは素人考えでもわかるのですけれど……。で、震災報道について、市民運動の方たちが「大本営発表」と悔しがったNHKテレビは、幸か不幸か観たくとも観られない状況となって久しいのです。しかも、その10と12も気まぐれですくに画面が出てくれることはまれ。ぐずる時は約2~3時間も映らずガアガア。原発報道もずいぶん聞き逃してしまってきました。
 先程、テレビをここ2日間見てなかったので、スイッチをいれたら、ようやく出た画面は10も12もマンガ。そうか、日曜日だったと回していったら、今日は直ちに8チャンネルが出てくれました。都知事選番組の終了間際で候補者の顔が映ってました。
 そこで、掲げましたのが、1日の帰途、乃木坂周辺の探索の後、乃木坂公園から乃木神社を経て歩いて赤坂方面に向かっていた際にであった、都知事選のポスター掲示板です。
 もはやわが家の老朽テレビと同じくご老体にて、元作家の柔軟な発想力をも失って、頭脳も固定化してしまった石原さんにだけはなってもらいたくありません。八ッ場に見えてた際の、乱暴なものいいにも辟易しています。こういう方を三顧の礼を尽くして
出馬してもらわなければならない自民党さんも、わが家のおんぼろテレビになぞらえては叱られそうですが、限界を感じさせられます。
 ことのついでに都内のほんのり桜情報も。
 実は、この日、左記の知人を次の約束という八重洲口の建物入口まで案内して別れた12時45分以来、日本学術会館着の14時40分までの2時間、ずっと歩いたのでした。知人には「こんな時に、表を歩いてはダメよ」と釘をさされていたけれど、携帯の万歩計は約二万歩。ほとんど連日、数百歩のわが新記録。
  東京駅からもっと近場の駅まで電車に乗ればよかったのでしたが、しかも乗り放題券をありなのですから、にもかかわらず構内を横切って、丸の内皇居側に出てしまったのでした。何しろ、ここでも、もったいない家精神にて、都内見物に打って出た次第。ウオーキングの必要性はわかっていても、ほんの数分間の犬の散歩以外そんな時間的余裕はなし。しかも、一歩進めば、違った景観、しかも名前をきいている地域建物が次々と広がる景色は地方の者には魅力です。なにしろ二時間も時間があるのです。
 ともかく、地下鉄・千代田線の乃木坂方向をめざしてつきすすむことに。最初は珍しくもない皇居。そのお堀の石垣にしがみついて咲くスミレたちが心に残りました。祝い門から入った処の桜の古木。まだ二分咲きといったと小ろでしょうか。
 ついで、霞が関の官公庁街を斜めに抜けて虎ノ門方面に進むと、首都高速がみえてきましたので、一安心。あれにそって進めばOKと。ここがオバさんたるゆえんですが、例にあらずの慎重さに裏打ちされたこの日は、デモ行進の警備あたっていて、警戒を解き始めていた警官に教えてもらいました。方向としてはあっていて、首都高速が程なく二手に分岐するときいたけれど、それをどっちにいくかは聞かなかった。おまわりさんは、信号を渡ると坂道だから、そのまま右手にと教えてくれたけれど、信号の向こうに「{共同通信」の文字のかかったビルが視界にはいった。で、その警官が立ち去るのを待って、信号を渡った次第。
 実は、記憶の回路が急回転して、「そうだ。共道通信には一度来たことがある」と。確か、記事掲載依頼で訪ねたのだけれど、何の問題だったろうか、少なくとも20年以上は経っている。どなたかの紹介で、ある記者をお訪ねたしたのだが……
 鮮明に覚えているのは、室内を進むと複数の記者が床やソファーで寝袋にくるまったままごろ寝していて、その脇をよけながら部屋の奥に進んだ、その場面だった。
 もはや顔も定かに覚えていない応対してくださった記者さんに驚きを伝えると、「昨夜、徹夜だったんで」との返答が返ってきた。まさに、憧れの“ブン屋”の世界が、そこにあった。
 今も当時の共同通信の建物と同じ場所なのだろうか。とすれば、降りた駅は虎ノ門駅であったはずだけれど、この界隈にきたいう記憶はそこはかとなくあるけれど、全てぼうようとしている。記憶力の良さだけが頼りだったのに、ついにこんな老化現象に突入してしまったのかと情けない。
 その場所にたった。脇に北海道新聞東京支社があった。北海道新聞社は、私がかかわってきた体制批判の各種市民運動の時に、いつも本質的な記事にてお力添えくださってきた有難いマスコミさんであった。
 共同通信をすぎて、坂道をのぼった信号で右手に見える首都高速の方面に出ておいた方がいいと思って、信号待ちしていたら、おまわりさんにどちらへと問われた。何でと思いながら指をさすと、「そちらへは行けません」という。どうしてと問うと、眼前の建物がアメリカ大使館で一部区間が通行止めとのことらしい。解せないながらもまた手前の信号まで戻ると大使館前には列があった。戻った信号での待ち時間に聞いた警官の話では、前に暴動があって以来、ビザ申請や面会以外は不可とのことであった。ここて、ようやく最初の警官の「坂道があるから……」の背景がわかった。でも、解っていたら余計、現場に近づいて検分したいのが、当方の習性であった。
 大使館の裏手の坂道には、企業の素晴らしい日本庭園が続く。都市景観の一環で市民も自由に入って可との標識があった。
 坂道の尽きた「れいなんざかようちえん」と千代紙に書かれた幼稚園の脇の桜をまずパチり。となると、かなり急坂のあの坂が、伝え聞く霊南坂だったのだと今、この雑文を記しながらの氷塊。
 
 そこから抜け道を探して降りると、そこは六本木らしく、六本木ガーデンだっかの大きなレストハウスがあった。若い日の一時期、比較的多く通った六本木の目的地の手前には、鳥居坂ガーデンなる店があったっけ。その付近の桜はより咲いていた。
 ほどなくなるほど、首都高速が二手に別れて前方に迫ってきた。
 さて、どうしようと思っていたら、進行方向に観光バスがとまっていて、むそこから降りた運転主さんらしき、モールのついた制服をきた男性が、こちらに向かって急ぎ足できた。そこですかさず、教えてもらった。右手とのこと。
 かくして、渋谷方面にむかって歩いた。とちゅうまで行けば29日の帰途、歩いた六本木交差点があるはず。そこから青山墓地方面に向かえば、たどりつけると。実際はそんなにスムースでもなかったが、あやまたずたどりついた。しかも、はからずも、先日、あのトンネルをくぐればどこに通じるのだろうかと興味しんしんだったが諦めた、隣の新国立美術館のところから伸びていたトンネル状の道、六本木トンネルを逆方向から歩いて、日本学術会館の正面にたどりつけたというおまけまでついて。
 門の前近くで、乃木坂の地下鉄方向から歩いてくる、顔みしりのKさんの姿を前方にみいだしてほっとしたものでした。
 
 佐多稲子さんの『私の東京地図』の題名にあやかって、おこがましくも表題を。(実は若い日に内容はペラペラ読みしただけで、まさに内実ともに題名のみ)。で、それらの意味もこめて「ミニ」を冠した次第です。ご笑覧を。
 
   


Posted by やんばちゃん at 11:16Comments(0)紹介