2011年05月23日

まばゆい新緑のもと、撮影は無事に


 21日の土曜日は、まれにみる五月晴れ。というか、まさしく初夏の日ざしの照りつけるさわやかな八ッ場でした。周辺の山々のあちこちには、今が盛りの藤の花がこの間越しに見えて、すばらしい情景でした。
 初夏の日ざしとは天気予報で聞いていたので、前の晩に、これではテントがなければどうしようもないと思い付き、朝、実家に回って借りていくことに。久々の材料買い出しと、朝からのそれらの下ごしらえに追われ、いざ積み込みの段階には、大わらわ。さらにまた、重いテントは部分的に積みかえしなければならず、当初の心づもりの予定より、小一時間も大幅に、遅れ気味。
 焦りで往きの山中の景観はまさしく、目に入らずのひたすら疾走。それゆえに、八ッ場の緑の濃淡は目を射るようなインパクトがありました。
 
 6軒(一軒のお宅はほぼ耕作放棄)+1軒(入口の畑で下流に転出)の久森水田耕作者の方のうち、3軒の方がすでに集ってくれていました。
 左手前の耕作地の農家は、この日はお出かけとのことで奥さんだけでもと思いましたが…… ご無理のようでした。
 右手前で、作業しているいろいろとお世話になっているCさんの家は、来週末の週末。たぶん、昨年と同じくしんがり組で、最後の一軒となる見込み。この日は畔に貼るビニールを抑える、割竹を作っていられた。
 川岸のお宅は翌22日に田植えで、前準備に「出られたら」とのことでしたが、時間内にはお見えににられず。
 2号橋を超えた最も奥の田の方も、お手伝いの方に伺った時に、聞き違えてしまったらしく、この日とばかり思ってましたら、こちらも翌22日なのでした。でも、ご夫妻でちゃんと明日の本番前の整備に出てくださってました。
 なお、写真家の方たちのご希望は、「2号橋を背景に」とのことでしたので、ほぼ直下ですので構図的には難しくなってしまうようです。
 
 となると、オンリーワンとなるのが83歳のDさん。最も便利な農道沿いに先祖代々4枚の田を耕作。まだ国交省に契約していないお二人の耕作者の方のお一人です。
 Dさん早朝から植えていたらしく、到着した時にはすでに3枚目がほぼ終了。
 近づくととまたも「はぁ、終わっちゃうぜ。俺あね、忙しいんだから。あんた方のようなヒマ人の都合に合わせるわけにはいかないんだから」とのお言葉あり。


 
 「忙しい」が口癖。実際にお独りで、八ッ場きっての大農家の上、多趣味なので本当に超忙しいのだけれど、今般の田植え計画当初より、この方から賜ったお言葉の数々を。
 ① 「俺んちは忙しくてしょうがないんだから、あんた方のペースには合わせてはいられないんだから。抜いといて頂戴」。
   ⇒じゃ、お昼だけでもご一緒にと重ねると、「お昼なんて、いらねぇよ。みんなと一緒にたべている暇なんかねぇんだから」。
 ②4日前、様子を問う。
  「21日に植えられるか判らない。あんたねえ、俺はね、はぁ83なんだからね。独りでやっているんだから、そんなに予定通りにはいかないんだよ」
 この頃は、田起こしの耕運機は掛けられてはいたものの、昔日の若い日のようには身体は動かず、準備に大変だったのだろう。で、イラダッていられたのではと思われる。
 ②3日前
  「11時頃たってね、俺はどこの田んぼから植え始めるか、その時の都合で決めて植えるんだからてね。そこは20日の日に苗が入ったら、すくにあそこを植えちゃうかもしれねぇよ」。
 確かに、3箇所で耕作されているのだ。で、
 ⇒「だから、21日の前後に違う場所を植えるようにしてくだされば、いいんじゃないですか?」と言って、以後はなるべく電話せず。 
 「約束は時間通りに守る」というのが、モットーの方なのだから、ハッキリと約束はしてくれていないけれど、耳の端にとらえているのだから…… Dさんの今までの例からして「大丈夫」とは思うけれど、内心、気が気ではなかったのでした。
 元来が、「面倒だ」とはいいながらも、食事やお茶等で、来訪者は存分にもてなすのすが大好きな方なのだ。
 最初に、「俺はね、好きなように独りで植えるんだから、巻き込まないで」と苦言を言われたのは、それが体力的にできなきくなった現在、ヒト様にきてもらっても、気持ちの上で、困惑してしまうのだそうである。
 過日、「できないから厭だ」というので、「別にお茶の用意なんかいいのよ」と言うと、「そういうことが出来なくなったから、俺自身が厭なんだよ」とおっしゃったられたものだ。
  
 ③Dさん宅に苗が入った20日、(下流のわが家の近くに転居なされてほどなくお亡くなりになられた)入口の畑を作っていられるEさん宅の電話番号は、もうDさんのお名前では記載されておらず104では不可。
 でも、前々日に鍵がまわらなくなり、鍵の交換修理のため、身動きができずで頭がいっぱいの脳裏には、嫁がれた娘さん宅の苗字が思い出されず、この上はDさんに伺うしかなくなって電話。奥さんの側の親戚通しで、大の仲よしだった。葬儀の日、Dさんのうなだれていた姿を思い出す。
 電話の向こうで、かすかに耕運機の音がした。娘婿さんの苗字は覚えていないというので、電話番号を知っているかと問うと(別段、すぐにと教えてという意味ではなかったのに)、「こんなところで解りっこねぇだんべや。あんたね、俺は今、田んぼなんだよ」と。ハイハイ。 
 この時の声音は、少し穏やかだったので、少しほっとした次第。
 たぶん、久しぶりにEさんのお名前を出したので、心がなごまれたのだろうし、明日に向かって、作業が順長に進んでいられるのことだろう。作戦的に成功? 少し、ほっとした。

 (この件については、ご葬儀の時に目にしたお名前だったが、思い出して、104に問うと住所が一致して教えてもらえた。
 「もし、ご都合がついたら」とのご連絡が出来た上に、「テントが作れない場合、畑の脇の木陰げを昼食の時にお貸し戴きたい」旨もお断りができた。Eさん似のお気持ちもお顔だちもふっくらとした娘さんは、気持ちよくOKしてくださった)。

 しかし、当日まで気が気ではなく、現地につくまでは心配でならなかった。
 もし、Dさんが昨日のうちに久森のたんぼを植えてしまっった場合は、写真家の方々が、せっかく遠方から見えるのに、誰も植えてがいなくなってしまうことになって、大責任である。どうしようかと。
 しかも、遅刻気味。緊張と過度の疲労で榛名山ろくを猛スピードで走らざるを得なくなっていた。ようやく、松谷トンネルに入った時には、首筋の両方と右手がしびれてしまっていた。「これはタダごとではないな」と自分でも思われた。
  
 国道から久森の水田に降りる急も急の坂道を一気に降りて、空地に突っ込んだ。
 ガチャンと音がして、何かに乗り上げたけれど、そのままアクセルを。(後で指摘されたが、畔道の石が削られていた車に傷がついている由)。技術もないのに運転が乱暴なのだ。だから、前日まで鍵の交換修理で、代車が無くて困惑ものであった。
 
 イルイル、Dさんが、真ん中の田で悠然と植えていられる。
 ほっとした。
 何はともあれ、挨拶とバーべーキューのテントを張る、邪魔にならない場所を伺いに畔道を走る。
 最初に手前のCさんに、いろいろとお世話になった上に、この日も炭や「やんば米」をお願いしてあったので、お礼にむかった。
実は、いつもかかさずDさん宅でわけてもらっているやんば米が、前回、Dさんが「またもの忙しくて」で、分けてもらえず、終わってしまっていた。当日、お願いしてみたけれど、叱られた。で、仕方なくCさんにわがままを言って、現地で炊く予定で炭とともにお願いしておいたのだけれど、到底、間に合わないと朝6時に判断。自宅で、タケノコご飯を炊いてきた。
 「ご飯、炊いてきたから」と伝えると、Cさん、「こっちで炊くんなら、朝8時半頃にはきていなければムリだよ」とのご忠告。

 Dさんに近づくと、第一声。「はぉ、植え終わっちゃうぜ。幾時になるんだや」と。
 で、Cさんに「怒らないでよ。もう、私何もかも間に合わなくて、身体がおかしくなってしまっているんだから…… もうじき見えるからさ、それまで何とか時間つぶしていてよ。お願い」と懇願して、またCさんの処に。
 それまで夢中で気がつかなかったが、眼前のやんば館から、こちらを見ていられる男性がいた。
 「さっきからいるあの人も、そうじゃねえんかい」とCさんがおっしゃる。
 で、手を挙げたら、その方も手を挙げてくださった。
 茨城から見えた、写真家のFさんだろう。いつも、写真家のGさんとご一緒にみえるので今回もそうだろうと思っていたら、Gさんは別の方とみえるらしい。 
 今朝、携帯が通じる間に、東京からみえる、畔道が狭い上に農家の方たちの車でいっぱいだろうから、とりあえずやんば館にとは電話したが、Fさんには伝えてなかったので、まだお見えになられてないのかと思った。どうやら前にみえていたらしく、もしかしたら、道上から写真にと田んぼで、みぶり手ぶりで大声でしゃべっていた姿を撮られていたかもしれない。
 ほどなく、田に降りてこられた。奥さんもご一緒だった。
 
 Dさんのいらだちをざっと伝え、急がれるようにと。
 でも、大丈部。文句を言われるのは当方だけ。顔を声を聞くと、条件反射的に文句をいいたくなるらしい。他の方たちには、満面笑みの方なのだから。
 それに、田の方を振り返れば、なんということはない。Dさん、ちゃんと田植え機から降りて、畔で時間調節なさっているではないか。いつも私には、最初はイジワルおっしゃられるが、ちゃんとすべて計算しつくされている、極めて頭のいい方なのだ。
 確かに、10年前のこういう時には、食事の世話までしてくださった方なのだ。
 それもお得意の手打ちうどんやけんちん汁、香の物などもちゃんとそろえてくださったあの頃に比べれば、最近はめっきりお年をとられたけれど、とてもとても、80歳すぎのお年よりなんてものではない。
 
 続いて、この日、ご自分で射止めて冷凍保存してあるというイノシシの肉を提供してくださったり、炭をおこしてくださるとお約束してくださっている地元のIさんも、みえられてほっとした。
 なんと、一時間も前に一度、みえたが私がいなかったので、一端はお帰りになられたとのことであった。Iさんとお約束した時間より20分もすぎてしまっていたのだったから、本当にご迷惑をおかけしてしまった次第だ。お年は、81歳とかだけれど、むこの方もかくしゃくとしていられる。
 そして、先ほど、Fさんに関越を降りたとの一報があったという、プロ中のプロの写真家、Gさんも到着。
 すでに、最後の4枚目のみで、持ち田の植える場所の少なくなった、オンリーワンのDさんをお3人のカメラマンが走りまわって撮影されていた。確かに「11時頃」と伝えただけで、きちんと、朝幾時から農作業するかの打合せをしていなかったのが落ち度だけで、周りの水田が植わっているから、構図的にも万事うまくいっていたのではなかったか。
 Dさんは、写真の構図までちゃんと考えて作業をしていられた?
 ともかく脱帽ものの、すべてに頭の極めて良い、わが八ッ場の大事な大事なオジ様です。
 



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Posted by やんばちゃん at 11:15│Comments(0)八ッ場だより
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