2015年12月22日

24時間体制の騒音眠れず、住民抗議す

※前回予告編を記しておきながら、 週末、久々の超うれしいできごと?にて、時間が避けず、パソコンの前にすわれませんでした。
  今朝は四時起きで、何とか記しています。前回のをざっと読み返して見れば、おびただしい誤字、誤植、お恥ずかしい限りです。ご容赦を。
※ なお、以下の記述は、ご本人のTさんにご許可を戴いて記させて戴いております。
   ついつい微にいり細にいり記してしまいましたのは、水没者の置かれた苦悩、また内外からの心無い言葉に傷つき、孤立した中で耐え続けてこられた、未移転者のお立場を少しでも浮き彫りにさせて戴きたい思いからのことです。
  これらの詳述はこの間の見聞きした私的な見聞録で、健忘症の進まないうちにとの思いのみです。
  従って、記述の逐一をKさんにお見せしてはおりません。ですので、一方聞きや思い込みの記述もありますが、当然文責は私にあります。
 が、Tさんは《表現の自由》についてもご理解深く、拘泥なさらない方なので今回もきっとお許し下されるもと信じています。実は文中に記しましたように、Tさんのお宅では先月、とても哀しいことがありまして、失意かつ何かとご多忙のTさんへの連絡は、判断のもとの理性にて、些か自重させて戴いております。
 非情な仕打ちを知って欲しい一心で掲げてしまった、先年秋の締切風景写真の写真、その削除問題の際にも、よくご理解くだされ、「それは事実のことだし、書き手の自由」との見解をお示し下されて、一端は削除した写真の再掲載をもお許しくだされた経緯があります。 
※ それにしてまたも長すぎますので、分割します。


【騒音問題 その一】
 昨秋の旧国道締め切り後、現在は先に記した川原畑/川原湯打越代替地周辺での本体工事現場は無論、ここからの土砂運搬の為、旧国道沿いの林の久森水田まで運ぶため、川原畑/上湯原地区の旧国道を通り24時間体制で行われています。
 しかも、25㌧トラックでの運搬(当初、Tさんはその轟音に近い大きな音に「40㌧トラック」といわれた程でした。が、40㌧はない由)。
 為に、川原湯岩脈付近にある小さな橋では運搬不可のため、写真のような、青い鉄製の頑丈な橋げたが設置されるに及びました。10月25日のウオーキングの際、前方、やんば館方向に出現した、未舗装の盛り上がった道路をいぶかしく思いました。そのうちに誰かが情報を流してくれ、重量に耐える新たに架設の措置と判明したものでした。
 そうこうするうちに久森水田では、大型ユンボで、今度は運ばれた山ずみの土砂を山にして押し付ける作業が始まり、その時のガシャン、ガシャンという騒音は、耐えきれぬ酷いものがあったそうです。
 
 この騒音にまともにあっているのが、先祖代々約400年ほど、川原湯上湯原で農業を営んでこられ、代替地への未移転者のたTさん宅。吾妻川右岸沿いのお宅ですので、左岸沿いの旧国道、久森水田とは吾妻川示威の木立を隔てただけの至近距離なのです。
 睡眠不足どころか寝られない状態が続き、たまりかねたTさんは、国交省に「夜は止めてくれって抗議をしたんだい」とおっしゃってました。確か、11月末~今月初めの電話だったと思います。
 24時間体制が始まった当初も、「3日も寝られない」と歎き、この時も抗議の電話をしたということです。自分の家だけかと想い、他のお宅にも電話をかけて聞くと、やはり眠れず、折しもウトウトしているところだとのことなのでした。
 
  生きて生活している住民の必死の抗議であり、人権問題ですから、私は「抗議をすれば」➡『中止」もしくは直ちに「緩和」されるものと思い込んでました。
  で、その思い込みのまま、去る8日の土木常任委の日に県土整備部課長に伝えた際、「これから昼休みに、また電話して再確認しますけれど」とした上で、あたかも「止まった」的なニュアンスで申してしまった次第なのでした。 
  9日昼休みの12時20分頃、県庁内から電話。「今、どうなっている。止まった?」と問いました。
  すると、「止まるもんか、今日もこれから、また電話すべえと思っている」とのことでした。
  で、直ちに課長に訂正しなければならなくなり、それに角倉県議の質問も続くのかなと想い、午後の傍聴もすることに決めた次第です。

  翌日、結果をTさんに結果を問いました。
  「ユンボを小型に切り替えるそうだとさ」のことになりました。
  小型にしたって、騒音は騒音です。実はわが家の近くで新築工事が始まり、ごくごく小型ユンボでも、土を押し付ける時のあのギァーの入れ替えの音は響きます。
  後日、「どう、少しは良くなった」と問いますと、「小さくなった分だけはな」と言われました。


【混迷の移転問題の最中、支え続けた理解者の奥さん死去す】
  実はTさんの奥さんは11月始めに、お亡くなりになられているのです。
  ただでさえ喪失感に見舞われ、心寂しい日。周辺には誰もいなくなった山里の一軒家での毎日、休みなしの騒音にはいたたまられなくなるのは当たり前でしょう。

 昨年秋からの国道締切以来、見せしめ的な鉄製の締切防壁は、はた目にも出て行けよがしの非情な仕打ちに移りました。
 そして、吾妻川にかかる小さな橋を渡ればすぐに旧国道に出られ、旧川原湯温泉駅にも役場にも行けたのに、今度は山中の急な細い坂道をのぼり折りして、二号橋を亘り、付替え国道に出なければならずで、Tさんは約10倍の距離と時間がかかると口説かれてました。
 急かれている代替地の候補は二転三転し、容易に決まらず振出しに戻ったりの連続で、この間のTさんの神経疲労は極度に追い詰められていました。
 そして、一昨年あたりからの眼精疲労に加え、極度の神経疲労も加わったこの頃のTさん自身は、既に運転はできなくなってました。治療のため群大病院にご親戚の方にお願するなどして通われていたやに記憶しています。さらに症状は悪化し、眠れない上に、瞼がとじなくなってしまわれたのでした。群大病院で手術して、目のふちを縫いつめられたのでした。
 その間の農作業やこまごまとしたことは、全て、奥さんにおしかかってました。

 なお、Tさんは町の要職を幾つもこなしてこられた方で、移転を拒んでこられたきた方ではありませんでした。
 ですが、ご聡明な方だけに、打越代替地や上湯原代替地の危険性や不備はよくご存じでした。
 その上、固定資産税は地主持ちという不具合な契約の「使用貸借」で、現在は新川原湯温泉駅のホームの大半の土地を国交省に貸したのに、そのままJRに移行してしまったのでした。国交省「FJRに」、JRは「国交省さんからそのままの移行ですので、そちらに」といったキャッチボールが、駅着工時からのやりとりのようでした。で、思いあぐねたTさんは、有害スラグ問題でたまたま取材に訪れた毎日新聞記者に伝え、そのことが全国版に大きく報道されたこともありました。

 でも、そんな経緯もあり、新駅工事には関心があられたらしく多忙な日々の中で現場にはよく訪れていたようでした。そして、指摘、懸念され続けている有数の地すべり地帯に新設するJR線工事の堅固な工事を真の辺りにされて、「すげえ、頑丈な工事だ」とおっしゃってました。
 私の知る限り、土地の問題は遅々としてスッキリと解決せず、またT家の移転先?と近所で風聞されていた高架橋をわたった線路際の広大な土地は、典型的な地滑り症状を示し、水が抜けない造成地なのでした。
 為に、私たちの開いた「現地地滑り地帯見学会けにも参加され、講師の中村庄八先生のお話しを聞いていられました。その時、中村さんは吾妻川に向かって段々状に造成され、差の時も水たまりになっていた問題の土地を示して、古来から有数の地すべり地帯として、土地の者なら住み着かなかった金鶏山からの地下水がたまる場所と説明されました。丁度、手のひらの窪みのような場所で、地下には伏流水があり、流れやすいもろい一帯と言われていました。
 加えて、この土地には事情があり、まだ正式にはTさんの所有地にはなっていないのだと伺いました。

  【極度の神経疲労に陥る】 そんな経緯を経て、最終的には線路沿いにある別のご自分の土地にでようと心積りされてたようでした。
 「でも、あそこじゃ狭いんじゃない? この大邸宅を移転するんじゃ」と口にしますと、「なぁに、はあ2人だけになるし、これからはちっちい家でたくさん。若ぇもんは別に考えればいいし、農機具なんかは畑にでも物置を造ればいいんだし……」といった風なことを語られてました。
 ですが、そこには、大量の有害スラグが投棄されていることが、2014年判明。
 本当にこの土地には2015年8月15日の「有害スラグ現地調査」の際には、まだ有害スラグが見受けられましたし、それ以前の研究者の皆さんの調査で分かってました。が、その後、表面上のスラグはいつの間にかなくなっていました。でも、今でも、周辺部に比べて、夏草が生い茂らない土地です。
  
 そんなことで、Tさん宅は行き場を失なわれていたのでした。
 ですが、早く決めなければならず、打越代替地の空いていた広大な希望場所は、現在は清水建設の飯場、将来は公園予定地とのことで不可。その頃のTさんの言葉に「俺んちは川原湯に住めなくなったんさ」との自嘲、自虐混じりの言葉がありました。
 あちこち物色の果てに、仕方なく住み慣れない長野原地区のある場所に一先ずおちつかれたのでした。けれど、複雑な土地形態で、結果的に折り合いがつかず、結局、断念。
 その時の心無い風聞の中には「近所の者が嫌がっていた。止めたんで良かったって言っている」的な言葉まで流れていました。閉鎖されて地域ではそんな噂がまことしやかにささやかれるものなのでしょう。
 国道閉鎖後、未移転のKさん宅を廻る風聞には、「以外に、だらしねぇ」、「国交省におおか盾ついたから、あれはみせしめだいな」などの心無い言葉もありました。
 
 そして、それらの言葉がささやかれるであろうことを誰よりもよくご存じのTさんは、自分を追いつめ続けて、ついに神経疲労の極に達してしまわれました。
 今日現在でも、車の運転も不可で、ご親戚の方などにお願いしていられるようです。
 そして、秋も深まった頃、門口でご親戚の方の送迎の車を待っていられる奥さんにもお会いしました。珍しく、よそ行きの身なりをしていられました。今、思うと病院へ行かれるところだったのかも知れませんでした。
 
 そんな、出口のない過酷な焦燥の日々を必死に支えられ続けたのは、奥さんなのでした。
 飾り気のない言葉の底から、心根の優しさがじんわりと伝わってこられる方でした。私たちは、「ダムに殺されたようなものだ」と感じています。
                                ーー  以下、次回にーー


 



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Posted by やんばちゃん at 07:37│Comments(0)八ッ場だより
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