2009年12月21日
ダム政策は、一種の棄民か?
一昨日、入稿した拙稿の中で、ヒ素の流出を防ぐために、ヒ素まじりのヘドロを湯の湖に注ぎ込む川筋の高台に捨てていることを記していた過程で、私の筆ならぬパソコンは次のように勝手に先走りしてくれた。
ーー思わず、下流の治水利水のために犠牲となった上に“一種の棄民政策”とまで評される、八ッ場の方々がたどらせられている現実と、安全弁としての大沢川の宿命的な役目が重なってならなかった。ーー
さて、今朝の朝日新聞全国版には、来月24日の前原大臣来町の影に、大沢群馬県知事は、10日ひそかに前原大臣とあった。その際に《「迷った末に一枚の紙を渡した。整備を望む県内の国道を列挙し、「予算確保に特段のご配慮を」とあった。》と記事中にある。朝日のスクープでよくぞ書いてくれたと拍手を送りたい。
つまり、今回、知事は八ッ場の民を前原と合わせるために影の推進力となった。が、それは、県内の道路予算と引き換えの取引であった。裏取引があったのだ。どうも筋書きがおかしいと思った。急にこれまた臆面もなく推進派の副知事が、ノコノコと八ッ場へいくなんて。
長野原町の水没住民は、大沢知事に裏切られたことになる。
「ドミニカ棄民」といういう言葉は、出入りしていた出版社から本が刊行されていたので知っていた。
国の政策によって捨てられた民 という意味らしい。長野原町の方たちは「自分たちはそんなみじめな存在じゃない」と思うだろう。が、しかし、構図的には大沢知事からも捨てられたことになる。
長野原町の方たちと前原大臣との意見集会の開催は、望むところではある。ダムも反対である。
しかし、この交渉部分のみ切り取れば、明らかに裏切られ“一種の棄民政策”なのである。
八ッ場の皆さんよ、怒れ。
取引きにつかわれたんですよ。知事は八ッ場の明日よりも、県内の道路網整備の方が大事だったんですよ。
ーー思わず、下流の治水利水のために犠牲となった上に“一種の棄民政策”とまで評される、八ッ場の方々がたどらせられている現実と、安全弁としての大沢川の宿命的な役目が重なってならなかった。ーー
さて、今朝の朝日新聞全国版には、来月24日の前原大臣来町の影に、大沢群馬県知事は、10日ひそかに前原大臣とあった。その際に《「迷った末に一枚の紙を渡した。整備を望む県内の国道を列挙し、「予算確保に特段のご配慮を」とあった。》と記事中にある。朝日のスクープでよくぞ書いてくれたと拍手を送りたい。
つまり、今回、知事は八ッ場の民を前原と合わせるために影の推進力となった。が、それは、県内の道路予算と引き換えの取引であった。裏取引があったのだ。どうも筋書きがおかしいと思った。急にこれまた臆面もなく推進派の副知事が、ノコノコと八ッ場へいくなんて。
長野原町の水没住民は、大沢知事に裏切られたことになる。
「ドミニカ棄民」といういう言葉は、出入りしていた出版社から本が刊行されていたので知っていた。
国の政策によって捨てられた民 という意味らしい。長野原町の方たちは「自分たちはそんなみじめな存在じゃない」と思うだろう。が、しかし、構図的には大沢知事からも捨てられたことになる。
長野原町の方たちと前原大臣との意見集会の開催は、望むところではある。ダムも反対である。
しかし、この交渉部分のみ切り取れば、明らかに裏切られ“一種の棄民政策”なのである。
八ッ場の皆さんよ、怒れ。
取引きにつかわれたんですよ。知事は八ッ場の明日よりも、県内の道路網整備の方が大事だったんですよ。
Posted by やんばちゃん at 23:56│Comments(2)
│八ッ場だより
この記事へのコメント
>県内の道路網整備の方が大事だったんですよ。
現群馬県知事らしさが存分に現われています。
現在 某代議士も落選し、自民党公認知事として、恥も何もあったもんじゃない行動のあらわれなんでしょうかね。
前原国交相、民主党にあてた 数々の <コメント>は、いったい
なんだったんでしょうか? と、首をかしげたくなるような 姑息さですね。
Posted by 群馬県民 at 2009年12月22日 22:56
群馬県人様
お便り、ありがとうございます。
暮れで何かと、御忙しいでしょ。
こういう解釈にしかとれないですよね。
朝日新聞全文、掲載したいのですが、無料サイトになかなかアップされなくて……。
長野原町の方たちに言うと、「地方知事たちは大変なんだよ。鳩山が
悪いから」という答えが帰ってきました。
Posted by やんばちゃん at 2009年12月23日 21:36