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2011年01月31日

ダム関連図書「日刊ゲンダイ」書評文、転載

 
←群馬県内の大手書店の最近の環境問題書籍コーナーです。
 久々に訪れたのでずか、発売後、1年たった拙著もこのように並んでいたので、うれしかったので、思わずパチリと。
 藤田さんの著書は売れて品切れなのか、なかったので後ほど別に撮影して添えます。
 もちろん、日刊ゲンダイの紹介欄には写真入りでした。


 さて、さる18日の「日刊ゲンダイ」にに拙著『八ッ場ダムー計画に振り回された57年』を始めとしたダム関連書籍3冊が、17面「NEWSを読み解く 今週のキーワード」欄に「ダム問題再考」として、紹介されていたことは記しました。
 そこで、本日は紹介文の転載を。
 なお、下線を施した個所は誤記かと思われましたので、編集部宛てに過日、賛辞語にはおもはゆいながらも、「ここまで読みこんでくださってありがとうございます」の感謝の意をこめてのお礼とともに、念のため下線部についての誤記・誤認を書き添えて礼状をしたためました。その下線部の記述については、本日は長すぎてしまうので、後日転載することに。

  『八ッ場ダムー計画に振り回された57年』  鈴木郁子著   11字×30行
 長野県で長年、市民運動にたずさわり、八ッ場ダムの建設予定地に頻繁に足をはこんでいる著者によれば、同ダム建設は国と県による法の抜け穴づくりの産物だという
 特に地元・群馬県長野原町への補償金を含む事業費は総額2110億円から、04年には一気に2、2倍の4600億円に増額。これに水源地域対策特別措置法などの費用を加えて合計は何と約8800億円。まさに日本一の金食いダムとなったのだ。
 著者はダム建設に半世紀以上も振り回されてきた地元の人々にも丁寧に取材しつつ、制度の欠陥と杓子定規の官僚行政の実態を余すところなく描き出してゆく。現地を何度も訪ねて水資源や生物環境など細かな現状にも目を配る。八ッ場問題の集大成的著作だ。     (明石書店 2300円)
   
 続いて、以下の2冊も紹介してくださっています。

   『国を破りて 山河あり』 藤田恵著   11字×20行
 四国・那珂川の上流にある木頭村(現那珂町)。70年代初頭、ここに細川内ダムの建設計画があった。反対に立ち上がる住民、圧政一点張りの行政といういつものパターン。そこで村長に選ばれた著者は国を相手の孤軍奮闘に出る。補助金の大幅削減。村内の分裂、それでもダム阻止を貫く村長に、しだいに全国規模で支援の輪が広がった。
 かくて2000年、国はついに計画中止を発表。副題「日本で初めて巨大ダムを止めた村長」は偽りなしだ。(小学館 1400円)

 『「脱ダム」のゆくえ』 熊本日日新聞社取材班著    11字×20行
 1966年、熊本県五木村がダム建設で水没すると決定された。
 地元は反対に立ち上がったが、建設省(現国交省)は強硬で県議会を懐柔。そして、地元はひとたび、ダム建設を受け入れたものの、90年代には下流域でも反対運動が起こり、県知事選挙でも反対派が優勢に。08年にはついに蒲島知事から反対表明が公式に示された。
 本書はその経緯をつぶさに追った地元紙の力作ルポ集成。
 09年の日本新聞協会賞受賞作。 (角川学芸出版 1500円)  


Posted by やんばちゃん at 22:53Comments(0)八ッ場だより

2011年01月30日

行って来ました「法政大学サステイナビリティフォーラム」



このフォーラムは、 法政大学サステイナビリティ研究教育機構   http://research.cms.k.hosei.ac.jp/sustainability/
  1月30日 サス研フォーラム
http://research.cms.k.hosei.ac.jp/sustainability/node/168
 埋もれている市民運動の資料収集は、埼玉大→現在は立教大に移管しかない状況下、法政大は「原資料の収集・データー化」にとても力を入れてくださっているようです。

  マイクをにぎっているのは、「徳山ダム建設中止を求める会」事務局長の近藤ゆり子さん。
 このほど、徳山ダムの裁判資料に関するデーター一式を「サステイナビリティ研究会」に寄贈され、そのフォーラムが本日、徳山ダム法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎で開催されたのです。
 徳山ダムは何事においても先駆的な取り組みを数々こなしてこられましたが、この面でも、全国のダム闘争の中で先鞭をつけられました。
 ちなみにこの「サステイナビリティ」とは「持続可能な」という意味のこと。往路の車中で(難解な本は他に何もできない電車の中で読むことにしている)読んでいた河川関係の本の中にも、複数の方が「持続可能な(サステイナビリティ)」と用いてられて、インテリ学者層にとっては、昨今の振りかざし語なのかなと…… 凡庸な当方は思う次第。
 
 さて、この間、当会も私的にも知識的にもいろんな方面で大変お世話になっている近藤さん。
 この日は、近藤さんの下記の発表ともうひとつ、同じく「原発問題」の資料を寄贈された「たんぽぽ舎」代表・柳沢さんの発表がありました。
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・報告②「中部地方の河川の運動と裁判、その記憶と記録~徳山ダム問題の窓から~」
近藤 ゆり子氏(徳山ダム建設中止を求める会)
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 「ブチ上げた演題が大きすぎる・・・」と、水源メールの予告にはありましたが、でも、中部地方きってと言うより全国のダム問題に精通している近藤さんならではの的確な分析と識見に充ちた講演でした。淀みなく要領よく、さすがは“近藤女史”の日頃の力量を遺憾なく発揮されてました。
 また、会場で同研究所に最も早く、「サリドマイド事件」の貴重な資料一式を寄贈されたという、ジャーナリスト・川俣修壽さんにはからずもお目にかかれました。川俣さんは「草津の万代坑のヒ素含有率」についても地学雑誌に発表され、先年、論文引用のお断りを兼ねて電話で話したことはあったのでしたが、お目にかかるのは初めて。パンフに紹介されていた字面に記憶の回路が急回転。ほどなく質問に挙手されたり紹介されたりしたので、久々にまた直接、お礼を申せました。

 ところで、近藤さんは「大学といえば東大と思っていた」というご家系に育ち、そこに入学したもののバリケードの中ですごした後は、みじめな命ごいなどせず、即、自主的に退学。若干19歳で、当時の『週刊朝日』にその総括ルポを記して原稿料〇万円を稼いだという、知る人ぞ知る女傑なのです。
 そんな“猛女”の彼女の今日のいでたちは、驚くなかれ、和服姿ではありませんか。しかもしごくさまになっている見事な着こなし。 
←「自席で質問に答える近藤さん」
 最近は、中部地方での会合には和服姿で通していることは知ってましたが、遠路の旅までは予想にもしていませんでした。
 ……何年か前、「あのね、何とも面白いんだけれど。私の廻りの各種市民運動の女性たちって、行政交渉とかのここ一番っていう時には、不思議に着物をきるんだよね」と伝えた当方の一言がヒントになったらしいのです。
 痛み始めた外反母趾の足のために特製の靴でなければ履けずにいられたこともあって「よし、それで行く」とおっしゃって以来、和服で通されたらしいのです。
 しかし、当地の女性たちの着飾った姿とは、一線を画すのが“近藤流”。 
 なんと、帯に「イラク派兵、反対」などのスローガンを書いたチラシをつけて、本人いわく「まるで、チンドン屋」と。集会時のそんないでたちが週刊誌に掲載されたこともある武勇伝の持ち主なのです。
 さらにふるっていて、「着物は2980円どまり。帯やその他の小物類は100円~1980円まで」と豪語していた装いとは、着物も凝った織りの帯も素人目の当方にも明らかにわかる上質なもの。「素材はなに?」とおもわず問うと、紬とのことにいくら、リサイクルでもこんな素敵な紬が購入できるはずもないので、「お母さんのかたみ」とおもわず不躾な質問を。良いものもタンスこにしまっておいても仕方ないからとのことも聞いていたのでした。
 配布されたカラーパンフに載っている、以前に契約のためか、法政大学に訪れた時のものらしい写真もゆったりと着こなした和服姿。薄い水色のそれも写真目にも質の良いものとわかる装いでした。
 まるで、とこかのインテリ令夫人か、茶道や古典舞踊など伝統芸のお師匠さん格の風格です。
 安物ながらまだしつけのとってない和装類が一タンスもある当方も、和服姿でこなしていたいのだけれど、スタイルの悪さと帯結びが出来ずで不可。程良いスタイルの近藤女史は夏の簡単なものなら10分で着終わるというから、スゴイ。

 
 この日の知的雰囲気の会場に不釣り合いな、浅はかミーハーおばさんの当方。もっぱら近藤女史の撮影班役。
 終了後の帰りしな、身じまいをした近藤さんの近藤ルックにまたも感嘆して、気おくれしながらスナップに。
 このコートにご注目ください。まずは「男物?」と問うた次第。なんとおじい様のものこと。しかし、今にナウいですね。
 こういうのをさっと身につけ、着こなす近藤さんの得難いファッション感覚にまたも、拍手。
 全てに伝説的列伝の持主です。
 こういう方が、形式的な世の中の“権威”をけっ飛ばして、市井のなかで生きていることはうれしいことです。
 年下の方ながら、その頭脳の明晰さと度量の深さにいつも敬服もの。
 八ッ場のある方、いわく「あの人は、女だけど世の中をしっているよ」と。「女だけど」と付くのが、未だ現在進行形のヤンバ流ですが……
 
 前々日、電話で「体調がすぐれない」とか伺っていたので、ちょっ心配していました。
 あれほどの実力のある方なのに、大事な発表を前にして…… つくづく近藤さんも、(いつも最後のゴールでつまづく超し方だった私もついていないな)と気落ち気味。そんな時、見知っている顔、いつも近藤さんにお世話をかけている当方が出席するとかえって、気持ちの負担になるかなと思ったりして、出かける寸前まで迷ってました。(実はその迷いに拍車をかけたのが、山積みの雑用と何よりもお寒い懐具合。本日の電車賃を足しても足りない引き落としが月初めに迫っているのです)。
 そんなこんなで朝からもたもた逡巡気味。でも、後で後悔するよりは「エイヤー」とばかりに準備もそこそこに最寄り駅につくと、切符を買う間もなく、「証明書」をもらっての乗車。高崎駅では2分弱の接続で、しかも最も便利な快速に乗れ、「行くべきか止めるへきか」なんかどこかにふっとんで、ごくごく自然の成り行きにて、車中のヒトになってました。
 でも、参加させてもらって良かったです。傍目にはすこぶる快調の様子で、ほっとしてお別れしました。
 
 徳山ダムはその任務を全うされ、こうして法政大に電子データー化され保管。永遠にあの先鞭的市民運動の歴史を刻み続けてくれることになりました。
 ダム問題に連なる者の一人として、近藤さん始め関係の皆さま方のご労苦に感謝するとともに、今後ともわが八ッ場ダムなど未解決のダムにこの識見をお教え願いたいものと思います。  


Posted by やんばちゃん at 23:53Comments(0)八ッ場だより

2011年01月29日

川原湯地区、昨夜第3回ワークショップ

 昨日の上毛新聞記事です。
 27日夜、現地のあるお宅に電話したのでしたが、「会議に出かけた」とのことでしたが、たぶん、この会議だったのでは?
全てが代替地移転でスタートしているようです。

【2011年1月28日 上毛新聞一面中段】
上位に刊行案内所 
 長野原・川原湯の移転後振興施設


 八ッ場ダム建設で水没する長野原町川原湯地区の代替地移転後の地域振興施設について、住民が話し合って決める第3回ワークショップが27日夜、同町で開かれた。 

    --以下、略ーー
 ※すみません。後ほど。  


Posted by やんばちゃん at 23:52Comments(0)八ッ場だより

2011年01月28日

八ッ場の水没地のリンゴ売ってます

 昨日に続いて、八ッ場の産物からの派生事項を。
 おなじみの八ッ場のリンゴです。このリンゴを数日前の23日の高崎人情市で売らせてもらいました。
  


小粒ながら、「小さいのは売れる商品にあらず」のオーナーの心意気も汲んで安価に10~15個はいって、100円にて。
 みなさん、いかがですが、お買い上げくださいますか? 
 小さくてもフジはフジ。
 で、「腐っても鯛! フジはフジですよ!」と申しました。
 そのままでも十分たべられますし、サラダやジュース用に惜しげなく使えます。カレーの中にすりつぶすとワンランクは確実にアップ。
 現実に買ってくださって、早速かぶりついたというおじさん、「旨かったよ」とさらにお買い上げくださいに見え、「これ、うめえょ」と宣伝してくださいました。子供さんづれのお母さんは「ワァ、ジュースにするわ」と大喜び。元八百屋のおかみさんだったという老夫人。「あたしは、色、みればわかるよ。それは旨いよ」とおっしゃり、「持てれば全部、買ってもいいくらいだよ」と大小の袋を二つづつ、4袋もお買い上げくださいました。
 右手の段ポールの中のは、それよりもふたまわりくらい大きいのを6~8個で200円。殆どの果物がそうですが、リンゴも大きくなれば、3Lサイズくらいまでは値段は上がります。


実は昨日のLさんの農園では、今年は贈答用の大きいリンゴの実りが少なくて、注文品にも応じられなかったとのこと。
 その代わりに小粒がいっぱい。数年前までは、これらはジュース用として加工してもらっていたようでした。でも、最近は経費のほうが高くつくらしく止めたようです。
 「商品にあらず」として売られない。まだ売れる品に、たくさんおまけにつけてあげていられるが、限度あり。 で、いつまでも、直売所に保管したまま。
 ついに、保存不可となっての春先に、リンゴ園脇の畑にまいて、トラクターをかけているのを何回か目にしてきました。
 もし、ダムになれば、ここは水没地。このリンゴの木の補償額だって、かなりのものとなります。
 でも、この方は80過ぎのご老体にむちうって、今日も寒風の中、剪定作業に余念のないことと思います。

 何度も戴いてはきては、「もったいない」と言っても、“商品にあらず”とのことで、代金を受け取ることはなされない。となれば次には口にだしにくくなってしまう。
 しかも、「ハネだしでいいから」とか言おうものなら、「俺はハネダシをつくるために栽培しているわけではないから、売らねえよ」とおっしゃる。
 初めての方が、「クズりんごを売ってくんない」と言おうねのなら、大変。この稀にみる生産者魂でお帰りねがっているようである。
 かつて自家用として食べるのにハネダシ(といっても、写真のものより数段上質の品)を求める時には、(実家が使う)贈答用の〇千円のを何箱かを求めて、それと抱き合わせで私用として格安品を買った経緯があった。

 さらに、「長野原産」に強いホコリをもっていらっしゃる。
 ここのリンゴも低農薬ではある。
 実家の自然食品の酒販店でも、当初は併用して、長年のおつきあいの八百屋さんを通して一般流通経路の市場経由の野菜類をまだ一置いていたことがあって、その頃は、私がわけてもらってきた、ここの長野原リンゴを売らせてもらったことはあった。が、最近は一本にしぼったので、青森からさらに低農薬もしくは無農薬のリンゴを取り寄せている。 
で、結構リンゴ箱や中の資材が空く。農園の保管しておくリンゴには、なにも新しい資材を使う必要もなく、それにきちんとした箱につめておけば傷みもすくなかろうと、持ち前のおせっかい精神で、「何かに役立てて」と空き箱一式をもちこんだことがあった。
 たぶん、当方の他のことも気にいらなかったのであろうが、おっしゃることがふるっていた。
 「あのね。俺ん家のリンゴは青森や長野のまずい品とは違うんだよ。そういう名前の箱はもってこないで頂戴」と拒否されたものであった。当方、内心。「だって、青森や長野がリンゴの本場じゃない!」と。
 つまり、このくらいの「生産者のポリシー」をもっていなければ、寒中に剪定し、春先の霜には夜遠し燃火を焚いて、霜害から守るきつい作業はできないのだろう。
 とにかく、古武士である。

 でも、畑の肥料にするにはもったいなさすぎる。
 都市部の者にとっては、それなりの活用方法がある。贈答用と抱き合わせでいっぱいもらって来た時は、知人たちに配ると、それなりにアップルパイなどに焼き上げて、逆に味わわせてもらったりしていた。
 昨年の秋、つがるが畑に捨てられて散乱していたことがあった。傷みのあった大振りのつがるであった。私はそっと二つほどひろってきた。傷んだ所を切れば、まだ食べるところが十分あった。極めてうまかった。あとで、「あのね。拾ってきたよ。もったいないよ」とつげた。

 そんなこんなで、昨年来、格安で販売させてもらってきた。
 といっても、やはりこの方は料金をとらない。けれど、私も必死で置いてくる。ただし、今般の代金は先月のよりもまた一団と小さい。つまり、先月、私がわけたものの残りがたいはんなのであった。それに先日は手元不如意のため、まだ支払ってないのだ。
 つまり、貧しいその日暮らしの当方に少しでも、手助けしてくだされようとしての親ごころと受け止め、素直に「ありがとうございます」と戴いておけばいいのかも知れないのだけれど……
 

 さて、次も、八ッ場関連の品。例の当方が八ッ場米にあやかって植え付けた稲穂です。写真は未だハンデエにつるしたままで、この4倍くらいは収穫できました。
 今月は体調も不調なので、気力なく、いろんな野菜類を仕入れなかったので、先日来、思いついてまだ稲穂のままになっている稲穂も売ることが閃いてました。使い道として、朝、油であげて写真のような見本品を持参。当方、天ぷらの時には、飾りにあげるのですが、花火のようにパチパチと次々にはぜていくのに妙味がありますね。
 12本くらいで束にして、一束百円にて。「それ、何ですか」と問われると、「天ぷらに用いてください。高級料亭のお味です」と伝えはしましたが、収穫したばかりの秋ならともかく、年あけてからなのでちょっぴり恥ずかしいから、隅の方において、ポープ広告も記さなかったから、一つも売れませんでした。
 夜半、独りでポツポツと食べています。結構香ばしいです。
 
  


Posted by やんばちゃん at 23:55Comments(0)八ッ場だより

2011年01月27日

20日はえびす・大黒様の1年のスタート日でした。

 湯かけまつりの朝、あるお宅の玄関の戸をあけて入ったら出くわした、小正月の飾り付け。これはどんど焼きの飾り付けでしょうね。写真手前の見事な飾りバナといわしとスルメとまゆ玉との配置が絶妙で、この家主の美的感覚の冴えをしのばせてくれます。
 声をかけても、どなたもいなかったのでしたが、おもわずパチリ。まだ、お断りしていませんけれど、お許しを。
 

 そして、次のお宅に伺ったら、ケンチン汁の良い匂いがいっぱい…… 
 そうなのです。湯かけまつりの1月20日は、えびす・大黒様に働きに出かけてもらう日なのです。そして、12月15日にお迎えして1年の労をねぎらうのです。どちらにもケンチン汁とお頭つきはつきもののようで、お迎えする日は奮発して大きな鯛を求められるのが、このお宅の風習なのだと、通い始めた頃に聴いてました。
 何度か飾り付けをしたのを撮らせてもらっていましたが、ビデオは今年が初めてなのです。

 で、過日、「20日の日は例年通り、なさいますよね」と問うと、「そんなことはしねぇよ。何だったけな」とおっしゃったのです。「だって、えびす・大黒様がが働きに出る日だっていってたじゃないですか」と言うと、忘れていられたのか、黙っていられました。「あぁ、お年をとられてしまったな」と一瞬、寂しく思ったものでした。でも、それ以上は負担になるからこの朝も、お邪魔するとは伝えてなかったのでした。
 車を止めて歩き出すとと、玄関から出てこられて、せわしげに納屋のなかに。手に大きなおおきな沢あん漬けをかえて出てこられました。ここのお宅の沢あん漬けの直径は大きいのです。
 急ぎ足で戻るLさんの後について玄関口にちかづくと、あったかな匂いが全体に。やっぱりやっていられるなと思ってほっと。あまり、口を聴いたり動くと怒鳴られるから、こういう時は静かにしています。ともかく、「写真に撮られるのは大嫌い」とおっしゃるのが口癖だから、神経使うのです。何回か大きい声で怒鳴れもしましたが、ここは大事な記録係に徹していますので気にしないことにしています
 ようやくほどなく、お盆にご飯とケンチン汁をなみなみとよそって、イワシ、香のもの。それにこのお宅のメインの農産物であるリンゴ。さらにミカンも添えて、まず大ブリのえびす・大黒様に備えられてました(この場面はビデオにはおさめたのだけれど、カメラに撮るのは間に合わず。)。
 実はこの大黒様達の前に、御仏壇にも朝げを。
 その際、「オゥ、おはよう」との声かけ。亡くなられた奥さんへの挨拶なのでしょう。それにしても、ユニークですよね。仏様に「オゥ、おはよう」もないじゃないですか。おもわず、吹きだしてしまいましたけれど。
 それから、また台所に入られて、なにやら一式をお盆にいれています。表にでたとおもったら軽トラに積まれる。
 で、とっさに閃いた、たぶんあの木立の中の大黒様にも、供えるのだと。
 門口にでると、いつの間にか電気工事が始まるらしく交通止め。8時数分過ぎだから仕事開始なのらしい。でも、よりによってここでとモタモタしていると、状況判断したらしく主のLさんはさっそうと反対側を廻って走っているではありませんか。ここのお宅では広い道にでるのに、水田をはさんで円状になっているのです。つまり、右折がダメなら左折すればよいのですけれど、私はバックででてしまっ手きがつかなかったのでした。こういう時は、並みのお年寄りとは思えない機転の良さ。しかたなく道路の脇に「すぐにすみますから」と断って、車を置いて走る。でも、まにあった。


お分かりになりますか? 写真の木立ちの中央トップのあたりのちょっぴり黒くみえる所に、下の写真の大黒様が鎮座しているのです。
 ここへ行くのは難儀なのです。道からの高さ約6メートルはあります。上り口の道幅はわずか30㌢ほどの落ち葉の細道で、下は絶壁。しかも、最近は崩れ防止の金網が敷かれていて、滑るのでとっても危険なんです。私だって毎回、ひやひやもので登るのです。で、80歳すぎのLさんはここ数年は、道下でこのようにお膳をおいて祈りをささげるようです。
 以前はもう一体、左右にあったはずとか。年号はなんと、確か寛政年間。……でも、本当かしらと毎回思うのです。年号の彫りは素人目にも機械掘りに感じてしまうのです。全体の彫りも新しいですよね。
 ところで、この景観も時間の問題となりました。
 すぐ近くまで、道路各幅が始まっており、たぶん、このお大黒様も少し離れた墓地も道路に面するようになるのではないでしょうか。上方には王城どうろが開通予定です。
 


 そして、自宅にもどって、やや遅めの朝食。沢あんと白菜の盛り付けが不均衡なのは、お供え物の残りだからです。
 ちゃんと、写真の私のための朝食をよそってくれながらも、「朝はんはくってきたって、アンタも食うんだんべや」と問われる。「ハイ」と喜び勇んで頂戴。朝、出がけ前の4時40分には食べたので、お腹は空腹とはいかないまでも、まだ入ります。
 それにこのお宅のケンチンは美味しいのです。もちろん、ご飯はとっておきのやんば米。沢あんも白菜も旨さのきわめつけ。
 最初にLさん宅にお邪魔した時にお茶受けに頂いた沢あんの大きさと白菜の見事さに魅了されてしまって、それもあっての八ッ場通いの始まりの誰かさんなのです。でも、お歳をとられるにつれ、何でも一番が好きで、まだ珍しかったズッキーニーなどの品目も減り、ご自慢の野菜類もだんだん小ぶりになっていくのが、ことのほか寂しいです。
 「おいしい、おいしい」を連発すると、「アンタね。俺ん家のもので、まずいものはないんだからね」とすかさず、Lさんの声がとぶ。「まだいっぺえあるから、ケンチン好きなだけよそいない」と、お優しい言葉がけあり。で、ご飯は少しおかわりしたけれど、この大きな器にびっちりとつまった実だくさんのケンチンのおかわりは慎みました。
 
 朝食後直ちに、このLさん、神さま達だけ、働きに出して人間も働かなきゃと思われるのか、リンゴ園の働きはじめと称して、早速、今年初めての(リンゴの剪定の身支度を。この日は私は初めて見る新兵器を使用。なんと、電動のこぎりならぬ電動ハサミで剪定なのです。スパスパっと軽快に難なく枝打ちをこなしていかれてました。

 さぁ、なにはともあれ、2011年の縁起神さまとご一緒に、1年の仕事のスタートです。  


Posted by やんばちゃん at 21:33Comments(0)八ッ場だより

2011年01月26日

大畠大臣よ、セレモニーじゃなくて個人宅を訪問して!

 本日の上毛新聞一面中ほどに、以下の記事ありますが、「13日で日程調整」とあります。
 まだ決定したわけではなかったのでしたね。昨日、運転中に小耳にはさんだニュースに困惑。13日のある総会で任務を受けてしまっていたので、役割分担を刷ってしまわないうちに早くと、出先から事務局の方の電話番号を知っている会員宅に電話して教えてもらったりして連絡。ご一緒する予定の報道関係者にも、「13日ですよ」と連絡。電話の調子で、どうやらまた外国?   やはり今回は韓国でした。その前はベトナム。
  
 さて、そこで今朝は八ッ場現地のある方へ電話。
 「まだ、決定じゃなくて調整中なんですね。町の方にはすでに打診ありました?」
 「なにもねぇよ。別に挨拶にくるだけで、両方の町長や議長にあえばいいんだんべからさ」 ここで、はっとした「意見交換会」とばかりに思い込んでいたけれど、最初は表敬訪問だけだったっけ?

  もはや、そんな段階を経ないで、役場や八ッ場ダム工事事務所のお膳だてした“良いとこコース”を見せられたり、“選ばれた名指しの水没民”の「ダムを造って欲しい」の訴えばかり聞いて帰らないで、大畠大臣が自ら、残った家々の門口を叩いて、実際の要望を聴き、直ちに適切な手をうつべき段階ではないだろうか。
  大畠大臣の任期のあるうちにです。
  ともかく、三度目の正直で、時間と経費の浪費のセレモニーだけでなく、本質的な対応をしてほしい。

 長野原町の方たちは、冷めていらっしゃる。
 それはそうだ。花火が突然、あがったけれど、単にそれだけで1年半過ぎた。
 そんなこんなの個人的なよもやま話にまで発展して、またたくまに数十分経過。
 あっと思った、最近、携帯電話にかけることが多くなりうなぎ上りになった通信対策で、ある知恵者の方のご示唆で、「10分間タダ」のPHS携帯に変えたのだ。
 で、今朝もNTT電話を使えば良かったのに、手元にあったタダ電話をひょいと使ってしまったのだ。超過した通話料は、30秒21円だったけか。
 ああ、何のために。それに国外もタダなのかしら?
 貧乏人はどこまで言っても、「貧困の構造」にある。けれど、これは国の無策によるものでなく、個人の責任!
 
 早速、これまでも今も持っているだけで、アドレス帳打ち込むこともできず、かかってきた電話にでるだけの携帯電話の最低限の料金体制を問い合わせたりの対応策を。PHSは都市部では問題ないけれど、八ッ場からかける時には「圏外」で不通となる。ために独りで山の中へ入ったり、車のトラブルの多い当方には、万が一のSOS対策として必要なので、やはり破棄できないのである。
 すると、目下、「機種変更」とかで、新しいのに変えると、基本料金が半額になるとのこと。但し、機種によるとのこと。夕暮れ時の郵便局の帰途、機種をみるだけでもと求めて以来の店にたち寄った。すると、今切り替えると何かと便利とのことに、万歩計付きのがポイントで何とかOK都のことに、早速、新しいのにとりかえた。そして、辞める時には料金が発生するとのことをも初めて、知った次第。

 本日のわが教訓は、なんともはや、いじましく「(仮にルスとは思っても)、八ッ場へはNTT電話に限る」。

   


Posted by やんばちゃん at 23:23Comments(0)八ッ場だより

2011年01月25日

大畠新大臣、13日八ツ場 /1都4県負担金以外の負担を合意

大畠新国交相の八ッ場訪問は、2月13日になりそうです。
本日14時のNHKニュースでも流されていました。
 
その前に、今朝の上毛新聞には、次に掲げる記事がありました。
本日25日の上毛新聞の一面準トップ扱いで、1都5県が、「水特法」に決められている負担金以外の、経費をも負担することの協議の一致をみた旨が掲載されています。
一時は「負担金拒否」をももちだした各都県知事でしたが、今般の態度一変の裏には、何があるのでしょうか。
大臣視察の前に、求められていない負担金を出すことによって、より発言権を強め、「ダム建設推進」を貫くことに直結する危惧を覚えます。
 この二つ、いずれ、深いところでリンクしていくように思えませか?

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【2011年1月25日(火) 上毛新聞一面上段】八ッ場ダム  水特法生活再建事業で5都県
 事務的経費も負担へ
  工事費の5%相当 

 八ッ場ダム建設事業に利水面で参画している本県など1都4県が本年度以降、長野原、東吾妻両町が水源地域対策特別措置法(水特法)に基づき進める生活再建事業について、同法で負担が決められている工事費以外の経費も負担することで合意したことが24日分かった。今後、事業の本格化で両町が賄う経費の増加が予想されており、ダム問題の長期化に伴い疲弊が目立つ地元を支援し、生活再建を推進する。
 1都4県が新たに負担するのは、工事を担当する町職員の人件費、工事関連の電話料金、資材購入費など「工事を進めるのに必要な経費」で、従来は両町が負担してきた。工事費の5%として計算し、本年度は両町合わせて約5千万円。現計画でダムが完成する2015年度まで6年間の総額は10億円前後に上るとみられる。
 水特法に基づく生活再建事業は国と利水者の1都4県などが工事費を負担し、事業内容に応じて県や両町が事業主体となって道路、学校、下水処理場、公園などを建設する仕組み。
 住民が移り住む代替地の整備や国・県道の付け替え工事などが進んだため、今後は代替地周辺の町道や下水道の整備など両町が主体となる事業が本格化する。これに伴い工事費以外の経費も急増し、両町の財政を圧迫することが予想されるため、県が昨年春ごろから東京、茨城、埼玉、千葉各都県と支援に関する協議を進めていた。
 県特定ダム対策課は「各都県の協力を得られてありがたい。今後も地元の支援策を考えていきたい」と話している。 

 
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「大畠大臣、2月八ツ場訪問へ」 News i - TBSの動画ニュースサイトhttp://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4633823.html

大畠国土交通大臣は、来月13日に群馬県の八ツ場ダムの地元を訪問する方針を明らかにしました。
 大畠国土交通大臣は、建設がストップしている八ツ場ダムの地元を来月の13日に訪問し、長野原町の高山町長や群馬県の大沢知事らと会談する方向で調整していることを明らかにしました。
 今回、地元住民との意見交換会は予定されていませんが、大畠大臣「建設中止に言及せず予断なく再検証を行う」という馬淵前大臣の方針を踏襲する方針のため、こうした考えを地元の町長や議員らに対し改めて説明することにしています。
 八ツ場ダムをめぐっては、政権交代後に国土交通大臣に就任した前原氏が建設中止を明言したことで、地元との協議が進まない状態になっていましたが、去年秋に就任した馬淵前大臣は建設中止の方針を事実上撤回し、今年の秋までに再検証を終える考えを示していました。           (25日14:35)
  


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2011年01月24日

さらに変貌する川原湯温泉街

 


 川原湯温泉駅を降りて、おなじみの温泉街の歓迎アーチをくぐった、その左手の風景です。
 道路左手に2軒のお宅がありました。(以前の写真もあるのですが。何しろ膨大な写真量ゆえ、容易には探し出せず)
どちらの家の方もお顔などを存じ上げていたので、遠くへ越されてしまわれたのだろうか、もうお目にかかれることはないのだろうなと、虚をつかれた思いになりました。でも、ほどなく移転先がわかりましたけれど……
 
 川原湯温泉の景観は日々、変わってしまいます。




 そして、上の写真は、前回お伝えした温泉街のつきるところの隆盛を極めた三軒の旅館のうち、草分け的存在として、若山牧水を始めとした多くの文人墨客が宿泊した、敬業館「みよしや」の解体風景です。「みよしや」さんは、数年前に土建会社に売却。その会社の宿舎として最近まで使用されてきた経緯があります。
 門前のむささびの看板はまだありましたが、もはや時間の問題でしょう。

 (当事者の皆様方にとられても、温泉街にとっても)、それはお寂しいことでしょうから)、あからさまにお名前を記すのは差し控えますが、この他にも、解体工事は続くようです。景観は一変し、さら地はさらに増えてしまいます。  


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2011年01月23日

湯かけまつり、各紙報道

 湯かけまつりをほうじる、去る21日の県内版各紙をお送りします。

【2011年01月21日(金) 朝日新聞群馬版】 
  http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581101210001
 八ツ場ダム  湯気と熱気 川原湯包む

【キャプション①】 次第に湯かけにのめり込んでいった遠藤記者(右)
【キャプション②】 「お祝いだ」と叫びながらお湯をかけ合う参加者たち=いずれも長野原町、葛谷晋吾撮影
【キャプション③】 路上につり下げられたくす玉に向かってお湯をかけると、割れたくす玉からニワトリが飛び出した

 【2011年01月21日(金) 毎日新聞群馬版】 
http://mainichi.jp/area/gunma/archive/news/2011/01/21/20110121ddlk10040190000c.html
   湯かけ祭り:厳冬の朝 八ッ場ダム地元の川原湯温泉で 

【2011年01月21日(金) 読売新聞群馬版】 
 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news/20110121-OYT8T00113.htm
  川原湯温泉 湯かけ祭りで熱気
   先行き不安 吹き飛ばせ
【キャプション】 祭りが最高潮に達し、くす玉から飛び出した鶏を捕らえて喜ぶ参加者(20日午前6時21分)

【2011年01月21日(金) 東京新聞群馬版】 
http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110121/CK2011012102000084.html
無病息災と繁栄祈る 川原湯温泉 奇祭「湯かけ祭り」
【キャプション】「お祝いだー」のかけ声とともに、温泉の湯をかけ合う参加者ら=長野原町で

  


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2011年01月22日

ひとのこの世は長くして、……無常の風はへだてなく 

 朝日新聞群馬版の転載です。

【2011年01月22日(土) 朝日新聞群馬版】http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581101220001
  八ツ場ダム  住民の絆 湯が温める   
     【湯かけ祭り実行委員長の樋田さん】

 【キャップション】湯かけ祭りの終了後、報道陣の取材に応じる樋田省三さん=長野原町川原湯

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 さて、今夕は、大正3年のお生まれの96歳の女性のお通夜に行ってきました。両親が昔、商売上のことでお世話になった家の奥さんで遠い親せき筋的縁にも連なる方でした。数年前、その息子さんご夫婦と、あるサークルでご一緒させて戴いていて、たまたたま、この家の息子さんだとわかり、「世間て狭いものてですね」となったものでした。
 
 亡くなる直前までお独り暮らしをされていたので、以前、その家のお嫁さんに「お邪魔してもいいかしら」と問うと、「どうぞ、どうぞ」と言われていたのに、目の前の一歩に追われてしまって、とうとう、個人的にお話をうかがうことなく過ぎてしまいました。   母方の実家の集い、主に葬儀ごとばかりでしたけれど、それらの折には、いつもお目にかかってはいたのでしたが、短い会話だけですぎてしまってました。
 遺影の華やかを放つ顔を見上げると、おもわずこみあげてくるものがありました。
 最後にお目にかかったのは、4年ほど前の一番下の叔母の葬儀だったでしょうか。ですから、もう90歳すぎでしたのに、それはそれは輝いてました。
 お会いする度に、年をとられるにつれ、惹きつけられたものでした。生き方に裏打ちされた内面の美が輝きだすということを実感させられた方のお一人でした。

 焼香後、趣味の俳句を流麗な筆致でしたためた色紙や掛け軸などが飾られていました。1997年、83歳で句集も発刊されていたのでした。
 傍らの写真類などもじっくりと目を通していると、娘さんの同級生で仲の良い友人だという、私とほぼ同年配のご近所の女性の方が寄ってこられて、晩年の様子を伺うことができました。
 この世を去る寸前まで、気力しっかりでぼけることもなく、見事に生き切られたようでした。
 おもわず、「私たちの前を見事に歩き通された、華のある女性のお一人でしたね」と申し上げると、「本当に、オバちゃんはステキでした」と。
 
 かくありたたいもの。でも、私には今でもこんななりふり構わずだもの、あんなに身ぎれいにはできないなと道々、おもいながら、ありし日の輝きをしのびながら帰ってきました。
 そして、こんな私でも、年下の女性たちから、久々に人前に出ていったら、「お元気でした! 〇っこさん。 よかった、〇っこさんが元気だとほっとするんよ」と言われて、めんくらったことがありました。
 思うに、このはるか年下の知人は当時、家庭内のことで辛いことにさらされていたんだろうなと想われるのです、そして、こんな私でも、子育てに追われて忙しい日々を送っていたりする年下の彼女たちの、何らかの励ましになるんだろうかと思うと、背筋をみられているという自覚がよみがえり、以来、落ち込んでいても、ことのほか背筋をシャッキリと毅然と胸を張り、余裕の笑顔を作るのですから不思議です。
 コチコチタイプで何者かに縛られたように、40代半ばまで「間違えたら、困る」とばかりに、切なくなるほど緊張して自分を律することに腐心してきたものでした。
 今も思うと「なせ、あんなに」と、自分で自分がいじらしくなるほどです。
 そんな時、その生ごわな超し方を一瞥でわかったのか、ある文化人の方が「間違えてもいいんですよ。気がついたらまたそこまで戻って、まっすぐに進めばいいんです」とさとすように言ってくださったのが、その低い声音とともに思い出されます。
 年の割に幼すぎた私に「生きること」を―教えてくだされたあの先生方も皆さん、鬼籍にはいられてもう久しい時が流れました。

 確かな足跡を残して、人がこの世を去って逝かれるのは、人の世の常とはいいながら、そこはかとなく寂しいものです。
 わが家と同じく浄土宗(知恩院派)らしく、会葬の間中、ご住職が低く唄われていた、「人のこの世は」のご詠歌のもの寂びた韻律が今も口に上ります。
    古歌  光明摂取の御和讃  
  人のこの世はながくして  かわらぬ春とおもいしに
  無常の風はへだてなく   はかなき夢となりにけり

  あつき涙のまごころを   みたまの前にささげつつ
  ありしあの日のおもいでに   おもんかげしのぶもかなしけれ  


Posted by やんばちゃん at 21:32Comments(0)八ッ場だより

2011年01月21日

「日刊ゲンダイ」にダム関連書籍の書評あり

 八ッ場でのこと、まだ記すことあるのですが、本日は私ごと(というより、ダム問題全体になろうかと思います)のお知らせを。
 さる18日の「日刊ゲンダイ」の17面「NEWSを読み解く 今週のキーワード」欄に「ダム問題再考」として、ダム関連書籍が3冊紹介されていました。そのトップに拙著
『八ッ場ダムー計画に振り回された57年』をご紹介くださったのでした。
 
 掲載日の翌日19日の夕刻、突然、FAXが入りました。ですが、わが家のは先日来、調子が悪いのです。最初の「ダム問題再考」という表題と縦に5行は読めます。最後に版元の明石書店の名前と金額から、判断してダム問題となれば、私のものだけ。でも、FAX番号はなぜか出版社のものではないのです。でも、版元に問い合わせたら何かわかると思って電話し、やはり書評に出たとのこと。
 
 いずれも写真入りで、以下の3冊を紹介くださっています。上から
 鈴木郁子著 『八ッ場ダムー計画に振り回された57年』 明石書店 2300円
 藤田恵さん著 『国を破りて 山河あり』 小学館 1400円
 熊本日日新聞社取材班著 『「脱ダム」のゆくえ』 角川学芸出版 1500円
 
「…略… 八ッ場ダム問題の集大成的著作だ」などと、面映ゆいほどの言葉もありまして、恐縮してしまってます。
 でも、2004年の初出版後、仲間であべき地元市民運動の妙な確執にて、今も涙する屈辱を味わってきた本だけに、心ふくらむ高揚感に包まれてうれしかったです。お世話になっている八ッ場の方たちも喜んでくれました。
 
 なお、冒頭の「長野県」は「群馬県」ではないでしょうか。
 八ッ場のある方がよく「日刊ゲンダイ」をコンビニで買われているのを思い出して、「もし昨日のが買ってあったら、取っておいてくださいね」とルス電に入れさせてもらいました。
 そうしたら、何と19日の新聞と勘違いして、ご年配なのに夜、買いに行かれたとのことなのです。で、20日の日、「どこにも載ってなかったよ」というのです。「前の日の18日のよ。もし、まだ買えれば私も探しにいったよ」と伝えたものでした。
 で、この方に先の誤認を伝えると、「よく、長野原町と長野県とは間違えられるんだよ」とおっしゃられました。本当に長野県とは草津町をはさんでの県境の長野原町なのです。でも、脱ダム問題にはまだまだ高い意識の分水嶺が横たわっています。

 所用が重なって、朝から夜までルスにしていますので、まだ編集部さんにお礼も申し上げてなく、非礼を重ねてしまっておりますが、本欄にて深々と感謝申し上げます。  


Posted by やんばちゃん at 23:58Comments(0)八ッ場だより

2011年01月20日

終わった後も風情あり、湯かけまつり

 初めて当日の朝に行きました。7時ちょっと過ぎ、湯かけまつりが終わった所に到着。
 すでにまつり関係者は王湯の広間で慰労会を開始されていました。下の写真は直後の風景です。
 


 当然ですが、かがり火は二つとも消えていました。傍らに水をかけて消化したらしい青竹が横たわってました。
 郵便ポストに撒きつけられたふんどしも、程なくたたまれましたが、この時点はまだびしょぬれのまま放置されてました。
 折しも、昨夜来の照明器具をはずすために、舞台真向かいのがけを請け負った会社の作業者の方左手道路端たちが登っていかれます。
 左手道路端には、観客たちに投げられた温泉水につけてふやけたミカンが、転がっていました。道路にべたっと張り付いて散乱している小さく切られた千代紙は、鶏を入れたくす玉に入っていたものだしょう。道路を横断して張られたロープの真ん中にその鶏が入ったくす玉が入っていて、お湯をかけて、割れた鶏をつかまえた組が、勝ち組となります。
 



 さらに昼頃、また帰りによったら、朝は気がつかなかったいけにえの鶏(4羽のうち、1羽は息絶えてぐったりとなっていました)のと、紅組白組の総大将がかかげもっていた木桶が舞台上に置かれていました。どうして、あの鶏は死んだのかと気になりました。
 
 今朝は4時半近くには起きたのでしたが、犬の散歩や何やかやとあって、6時近くにスタートした上に、凍てた国道を慎重に走ったものですから、道々、「当然、もう終わっているだろう」とは思いつつでした。
 けれど、他の所用もあったので、3番手くらいに位置づけて、最後の場面に「間にあえばラッキー」と思っていたので、気持ちは楽でした。さらに調子にのれば、あってはならぬことながら、早晩あるやも知れぬ「いざ、鎌倉へ」の時に、早朝の道路の凍結具合を知る予行練習とでも、割り切ればより気持ちが落ち着いてくるというものです。
 それにものごとの手法には、(後述しますが)、ハイライトだけでなく、ことの後先も必要なりとの習得した持論もチョッピリと。

 そんなわけで、見事に時間には遅れましたが、これらの舞台装置や演出に用いられた小物類などをま近かにみられて、セレモニーの全容がわかったりして、これまで目にしてきた事柄がつながりました。
 とれりわけ。思わぬ収穫だったのは、写真をとりながら小耳にはいった土地の方たちの会話などからうかがい知る、深刻な現実などでしょうか。

 (この後、小一時間かかって、さらに幾つかのことがらを記したのですが、こまめに「確認」をクリックして保存しなかったために、久しぶりに保存段階でのまたもの失敗。「もとに戻す」を操作していたら、「前にもどる」となってしまって、一気にクリア―。気を取り直してここまで何とかつなぎましたが、すでに、11時近く。明日の早朝は本日よりも早く、遅れたらアウトのことがありますので、ここで思い切ってピリオドを)  


Posted by やんばちゃん at 21:32Comments(0)八ッ場だより

2011年01月19日

川原湯温泉に「伊達直人」現われる

 一昨日来、明早朝の「湯かけまつり」のことを記してまいりましたが、新旧の大臣は来られなくとも、昨日18日、今はやりの「伊達直人」さんから速達で、現金3万円入りの封筒が、湯かけまつり実行委に届けられたそうです。

 本日19日の上毛新聞のそんな話題と新国交相の基本姿勢を示す記事二つ転載といきたいのですが、見出しのみにて、お許しを。
 今年は、暮れにひいた風邪がまだ抜けず体調もすぐれ無い上に、ご案内するつもりでいた方の都合もつかなくなったので、湯かけまつりは見送っていたのでしたが、やはり……と言う思いが芽生えてきました。問題は起きられるかと道路が凍っていないかにかかっています。

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 【2011年1月19日(水) 上毛新聞一面中段】 
 大畠国交相 「秋」結論に努力
  八ッ場検証 住民対話 時期示さず


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【2011年1月19日(水) 上毛新聞二面下段囲み】 
 「伊達直人」川原湯温泉に寄附
  現金と手紙 速達で届く 「自由に使って」
  


Posted by やんばちゃん at 22:26Comments(0)八ッ場だより

2011年01月18日

大畠新大臣さん、湯かけまつりに万難排して出席を

 昨日、あえなくついえた国交大臣の湯かけまつり出席を記しました。
 そして、今日は何かにつけて、この辺りに想いが行ってなりませんでした。
 これだけ膠着化した八ッ場ダム問題の糸口を引き出すのには、通常のパターンでは、もはや不可能に近くむずかしいでしょう。この一年半に及ぶ「進展なし」の状況は明らかに、新政権に不利、地元の推進派に軍配をあげざるえません。
 もしも、新任して数日後の大畠大臣が、ヒッョコリと川原湯温泉に見えれば、そこは客商売の川原湯衆。喜びいさんでこぞって大歓迎にきまっています。要はヤル気と誠意をみせることです。
 しかし、夢想はしても、無理に決まっていること。日程がつまっていて、一国の大臣が軽々と日程変更できるものでもないでしょうし……。口にする事自体、もののわからない非常識なことと一笑にふされるでしょう。
 しかし、はたしてそうだろうか。このことは新政権の基礎を揺るがす一大事になってしまっていることは種目の一致することになっています。
 何はさておいても、それこそ特別機でもなんでも駆使して、仮に長野原町に五分間とどまって、トンボがえりするにしたって、新大臣さんよ、やっておいた方が、後の交渉こどに有利です!!

※この今年の「大臣の湯かけまつり参加」のいきさつは、「ダム中止」を宣言した前原前大臣が一昨年2009年9月23日に八ッ場入りし、水没地代表との意見交換会を行った際に、川原湯温泉の旅館経営で、湯かけ祭り実行委員長の樋田省三さんが、「来年の湯かけまつりにおいでください。法被を用意しておきます」という、問いかけを行い、前原大臣も実現したい旨の返答を返したことに、端を発しています。
 現実に、その時、副大臣で同行していた馬渕前大臣は、昨年暮れに日程の打診を、樋田さんに紹介してきたそうです。
 何事も、熱です。

 【年明けの2号橋の夜間工事風景】


  


Posted by やんばちゃん at 21:48Comments(0)八ッ場だより

2011年01月17日

湯かけまつりに、馬淵さんが来ていれば……

 今朝の県内版各紙は、昨日、お伝えした昨日のNHK「日曜討論」の大畠新国交相の答弁をのせています。
 それから、昨日の本欄への(PV)は、なんと657件。「訪問」者はその5分の1くらいなのにです。殆どの方のブログに発表されているのは、このPV数ではないかと思いますが、当方のも同じく、表にでるのはこの数値。
 朝からぐんぐん数字が上り、「何か、まずいことでも記したのだろうか」と午後には緊張感がピークに達し、いささか怖くなりました。ところが、夕方からピタリと止まって、あとの進み具合は平常に。開くたびに飛躍的に伸びているクリック数にうれしい半面、どうしたのだろうかと想いました。
 当方のブログは同一パソコンから何回クリックしても、「訪問」数は変化しないのです。ということは、同じ方が熱心に見てくださったことになりますけれど……以下に、説明文を転載。
 ※PV(ページビュー)とは、ブログ内のページが閲覧された数です。
 ※訪問(ユニークユーザー)とは、同じ日付にブログに訪れた端末の数です、ブログに訪れた人数の目安となります。同じ端末から複数回訪問しても1と数えられます。


 さて、八ッ場は今朝も雪のようでした。
 昼前、Gさんが電話をくださいました。昨日の電話の際、奥さんに用件を伝えておいたので、それでしょうか。3人も変わって、またふりだしで、「しらけちゃている」とのこと。
 つづいて、よもやま話に。いつもは結構も長時間になるので…、ここで当方が、いったん電話をきってかけ直し。10分までならタダのPHSに切り替えたのでした。でも、やはり、10分以内というのは落ち着かないもの。こういう時には、10分間なんてすぐに進んでしまって、その後は恐ろしい程の料金が携帯電話はやはり不可。NTTの通常電話にかぎるというもの。

 川原湯は14日の夕方6時~どんど焼きだっそうでした。
 さらに、話がすすみ、そのことを記したある新聞記事の、後日談などのよもやま話などが伺えました。
 それにしても、馬淵前国交大臣が、来る20日朝の湯かけまつりに本当に訪れてくれていたら、話題沸騰だったものを。残念!! 無情な大臣交代でした。
 一昨日の新聞報道には、暮れに馬渕さんから問い合わせがあっことが記されています。
 ですので、もう一回引用させて戴きます。それから、気になるのは、写真のキャプションに記してある「お返し」とは、何のお返しだったのでしょうかね?(地元の方たちも興味ありとか)  
 記者のKさん、都内での「検討の場」にお見えにならなかったので、どうしたのかなと想っていましたが、タイムリーな取材記事、ご苦労さまでした。
    【2011年01月15日(土)  朝日新聞群馬版】
   http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581101150001
     国交相3人目 八ツ場に無力感

  話の中頃、閃いて「今朝もそちら、雪ふりました?」と問うと、「昨日の朝ほどじゃねえけれど、降ったよ」と教えてもらいました。というのはこの電話の前に、今朝電話したHさん。「これから、雪かきしなければならないから」とおっしゃったのでした。
 疑り深さもあるけれど、Hさんのご性質ともの言いには慣れっこなので、本当は早く電話を切りたいからんなと思って、内心「また、ウソばっかり」と想いながら、ただちに受話器を置いた経緯があるのです。
 ところで、このHさん日頃、八ッ場へ来られると対応に面倒で困る時などには、時に「こっちはね。大雪なんだよ」と繰り出されることもあったとか。すると、疑い深いどっかの誰かさん。Iさん宅に電話して、雪の程度をたしかめたこともありとか。
 それでも、どっかの誰かさん、このHさんが大好きのようです。

 八ッ場の心やさしい方たちに支えられて、今年もまた、いっぱい訪れたいと思います。  


Posted by やんばちゃん at 20:46Comments(0)八ッ場だより

2011年01月16日

第3回「検討の場」その三 県内版一覧/NHKで新国交相

 先ほどのNHK「日曜討論  六人の新閣僚が生出演」に大畠章宏・新国交相も出演されました。
 番組終り頃に、「八ッ場ダム問題は非常にゆれているが」と問われて、大畠新国交相は、
 
 (八ッ場ダム問題の)ベースには税金のムダ遣いがあり、福祉や教育などに廻して、国民の生活を支えるために投入して欲しいという声がある。
 その一環としてのダム問題がある。
 馬淵前国交相は、
①一切の予断をもたず検証する
i②地元の生活再建については進める
とお約束した。この路線を踏襲するつもりである。いずれも、地元の皆さんのご意見をきくために、私も現地に入って行きたいと思っている。
   ※メモをたよりの気述ですので、ご了承ください。

 そこで、早速、「またも新大臣の来町」について、本音のご意見を八ッ場現地の方に伺おうとして、電話を入れましたが、、電話に出てくださった奥さんがいわれるには、「まだ、雪かきに追われているんだよ」とのことで、数軒目にはさすがに、悪いから止めました。おルスのお宅もたぶん、雪かきではないでしょうか。
 本日の大雪には、ご多分にもれず長野原町も雪で、約20センチほど積もっていて、雪かきが大変なようです。やはり、「湯かけ祭り」が近づくと寒さが厳しくなりますね。

 さて、遅ればせながら、 昨日15日の県内版報道記事の一覧を次に。
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 【2011年01月15日(土)  毎日新聞群馬版】http://mainichi.jp/area/gunma/news/20110115ddlk10010213000c.html
八ッ場ダム・流転の行方:国交相交代 「振り出しに戻った」地元ため息交じり
http://mainichi.jp/area/gunma/news/20110115ddlk10010220000c.html
八ッ場ダム:総事業費21億円減額 河川水量ピーク検証、学術会議に依頼

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【2011年01月15日(土) 読売新聞群馬版 写真あり】 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news/20110115-OYT8T00132.htm
  国交相また交代、落胆の八ッ場地元
   改造内閣で大畠氏に
 【キャプション】退任にあたり記者会見する馬淵・前国交相(14日午前10時7分、東京・霞が関で)

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 【2011年01月15日(土)  朝日新聞群馬版】
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581101150001
  国交相3人目 八ツ場に無力感
http://mytown.asahi.com/gunma/news.php?k_id=10000581101150002 
 中断・延期に55億円 再開でも3年遅れ

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【2011年1月15日(土)  東京新聞群馬版 写真あり】http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20110115/CK2011011502000063.html
早くも3人目 困惑 国交相交代で八ッ場関係者
 
 馬淵氏退任会見「対話できず残念」
   【キャプション】退任の記者会見をする馬淵氏=国交省で


 
 
※13日に現地に行った際、かろうじて崩さずにおいてくださったF家の正月飾りの写真を、本来ならば、9日か10日の欄に添付すべきなのですが、日数が立ち過ぎてしまいました。いずれ、移動するつもりですが、とりあえず本欄下記へ。
 飾る品物にもつるすミカンにも数があるとのこと。ミカンには一つづつ糸をつるし、それを一本にしてつるすのだけれど、手間がかかるとのこと。「結構な手間暇仕事だったんだい」とのことです。
 左から初詣でで高尾山で求めたという熊手などの縁起物。ミカン、いわし干物、自家製干し柿、コブ、乾しのリ、スルメ、リンゴ、ミカン。全部で8品目。全ての品に半紙がかむせてあります。
 今頃はもうまゆ玉の季節。小正月の今朝はどんど焼きが本番で、早朝よりあちこちで、フレ太鼓の音。そこで、まゆ玉を焼いて食べれば、無病息災と伝えられています。
 



 
  


Posted by やんばちゃん at 10:41Comments(0)八ッ場だより

2011年01月15日

第3回「検討の場」その二

 昨日の欄に間に合わなかった写真をようやくアップします。
 本日は「行ってきました」に徹し、状況進行説明に徹し、私的感想はつつしみます。(昨日来、クリック数が多いのです。何か問題個所があったのでしょうか)、


 挨拶する山田関東地方整備局河川部長。説明は司会役の左手の方が行い、答弁は部長右手の広域水質管理官が行いました。
 写真右手手前のお二人は、おひざ元の群馬。
 去る12日の群馬版各紙に短く報道されていましたが、紹介され挨拶のためたちあがりかけているのは、前の川瀧県土整備部長が東北地方整備局道路部長に就任し、後任として11日に内示、18日付発令の茂木恭成・県土整備部長。
 隣は栃木県。その隣の空席には、交通事情により遅れた茨城県の部長たち二名が座りました。
 対する、左手には奥から東京都2名、千葉県3名、埼玉県3名の方が出席。発言は、東京都から順に挙手して行われました。
 国交省側9名。各都県代表は総勢25名、併せて34名が席についてました。
 「他に質問はありませんか?」と2度ほど問うても、東京都が2度目の発言をした後は、挙手なく定刻?通りなのか、16時半前には終了。
 この後、群馬勢にぶらさがり集中取材。国交省職員に「時間です」と再三、制止され、室外に出た後は、先の説明役の広域水質管理官の方ともう一人の職員にぶらさがり会見がしばらく。?誠実そうにみえるこの管理官の方は、言葉を選ばれているのか丁寧に説明しようとされているのかゆっくりと話されるのですが、記者達には疑問だらけの様で、ラチ開かずの様相に。
 人垣の外で、先ほどしきった職員を中心に複数の職員たちの目配せしあう表情がみものでした。そして、それらの職員たちもちゃんとボイスレコーダーを廻しているのが、忘れられない光景です。
 後で、質問や答えを分析するのでしょうか?
 (末尾、「するんでしょうね」と個人的見解にせず、疑問形にして「実況放送のために行ってきました」役を終了)  


Posted by やんばちゃん at 23:58Comments(0)八ッ場だより

2011年01月14日

行ってきました。第3回「検討の場」その一

 本日の第3回「検討の場」は、説明する国交省側もスッキリとせず混沌気味。質問者の一都5県の部課長クラスも、怒り口調の東京都を除くと曖昧模糊としていて、ともかく、その場をクリアすれば良しといった雰囲気を感じたというと語弊がありましょうか。
 説明の後の質問では、各都県から河川法や河川整備計画と、今回の説明との区分けについて、念を押す意見が続きました。 遅刻寸前で、開始時間ギリギリ到着。この手のことに弱い当方は、程なく、定刻ちょっと前の写真撮りが開始され、国交省側のスピーディな一気過勢の説明についていくこともできず、余計に混乱してしまった、そんな一人です。まさしく「行ってきました」だけのヒトなのです。
 わかったことは、
 【資料1】のP3に示された「総事業費の点検結果(中間的な整理)」にある一覧表(なんで、こんな大事な資料をこんなに極小の文字にするのかと思うくらいで拡大鏡を使わなければ読めず。まあ、60代でメガネなしの方も珍しいけれど)基づけば、
 総事業費は「不測の事態が起きない限り」の限定のもとに4578億3000万円となり、21億7000万円の減額とのこと。無理やりに仕上げた予定コースの?[縮減」をうたっても、「ホントウか」と思われてなりませんでした。それに「不測の事態など、あの危険地帯で、いっぱいあるに決まっています。
 しかも、今度はその隣にならんだ、「事業検証に伴う要素」には、なんと「人件費・事務費・広報費・車両費」など40億3000万円を含む、52億5000万円の増額が見込まれている。
 それに対して、「予定通りの着工」と根本の位置づけに対して異議を唱えた東京都(役職名はテープを聴かないと不明)からは、「52億5000万円については負担する考えはないことを明言しておく」との意見が飛び出してました。
 その他、工期の遅れに伴い、完成年度は2018年度の予定などが示されました。

 その中で、当方の浅い理解力でも、極めてストレートに理解できたことは、馬淵前大臣が約束してくれた、「基本高水の検証」の進め方について、なんと、メンバーの選考は日本学術会議に一任してしまうとのことでした。おもわず「えっ」となりました。
 ハッキリ言って、基本高水問題については、「基本高水が見直されたからと言って、それが即、ダム中止に結び付かない」というダム問題に明るい先輩の方たちのご意見もありますし、またこの間ずっと、関心のない分野でしたけれど、すっかり、(市民運動体の要望書も出ていることでしたので)、今後は何らかの展望が開かれるような面持ちでいたものですから、淡い期待感が砕かれたことと、「やっぱり国のやることは」という落胆でしょうか。
 「有識者会議」と同じように、結果はみえています。
 
 そもそも「日本学術会議」とは、
 日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信の下、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。職務は、以下の2つです。
●科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
●科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること

 
  いかに、「政府から独立して職務を行う」と言っても、「芸術院会員」「日本野鳥の会」と同じような、権威上の胡散臭ささを感じてしまいます。その着地点は決まっています。「公正・透明さ」を求めるとはいえ、入会資格として、あまり国に対して反体制の持主は入れないのでは? この辺りについてお詳しい方、お教えくださいませんか?

 その部分は、下記の配布資料中の【 資料-3】。 
利根川水系の八斗島地点における基本高水の検証の進め
(案)[PDF:857KB]でした。
【 資料-3】の末尾の説明、付随する【別紙ー2】には、
河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会委員名簿氏名 所属・職名
池田 駿介 東京工業大学名誉教授
小松 利光 九州大学教授
小池 俊雄 東京大学教授
寶 馨 京都大学教授
沖 大幹 東京大学教授
椎葉 充晴 京都大学教授
守田 優 芝浦工業大学教授
鬼頭 昭雄 気象庁気象研究所部長
窪田 順平 大学共同利用機関法人人間文化研究機構准教授
立川 康人 京都大学准教授
田中丸 治哉 神戸大学教授
谷 誠 京都大学教授

  

 配布された資料は、以下の通り
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 http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000168.html
 社会資本整備
    八ッ場ダム建設事業の関係地方公共団体からなる検討の場
a.. 検討の場(幹事会)開催結果
第3回幹事会(平成23年1月14日開催)配付資料
議事次第[PDF:49KB]
構成員名簿[PDF:59KB]
資料-1 八ッ場ダムの検証にかかる工期及び総事業費の点検の考え方(案)[PDF:186KB]
資料-2 雨量及び流量データの点検(中間報告)[PDF:387KB]
資料-4 現行の流出計算モデルの問題点の整理(中間報告)[PDF:1257KB]
b.. お問い合わせ先  国土交通省 関東地方整備局 河川部 河川計画課
〒330-9724 埼玉県さいたま市中央区新都心2-1 さいたま新都心合同庁舎2号館  電話:048(601)3151

 本日は、ハプニングだらけで、さきほど披露困憊の果てに戻ったばかりです。いっぱいありますけれど、また後ほど。  


Posted by やんばちゃん at 23:51Comments(0)八ッ場だより

2011年01月13日

明日15時~第3回「検討の場」開催

 本日は八ッ場へ行ってきました。
 また変化が見受けられましたし、正月明けの現地は、悔しい程の工事のラッシュ。
 それら周辺区域に比べ、川原湯温泉街はまだ17時台なのにひっそりとして、数日後には「湯かけまつり」を迎えるというのに華やかさなどなく、森閑としていました。
 試しに帰路は、温泉街を上がり吾妻峡トンネルを通ってみました。前後に一台もなし。対岸のバイパスを眺めれば、かなりの上下線が頻繁に。先々吾妻渓谷を素通りするのは確実の感。「ほら、ご覧なさい」といいたくなりました。
 柏屋前の「敬業館みよしや」は現在、解体中です。建物枠はまだ残っていますが、2階3階ともガランドウ。
 
 さて、それらの現地報告は後日に廻して、本日の上毛新聞一面にあった、明日開催の第3回「検討の場」についてお知らせいたします。こういうの、直前にならないとわからないものてなのでしょうか。
 でも、全くの偶然なのかも知れませんけれど、くしくも、取りざたされている馬淵国交相が去るかもしれない日に、その核心の八ッ場ダム問題の、しかも馬淵大臣が指示した「基本高水流量」検証の早くも中間報告というのは、どういうことなのでしょうかね。神経を疑いたくなります。でも、あえてだったら、許せない!
 終了後、直ちにインターネットで配布資料はみられますが、そんな要の報告会です。電車賃、かき集めても参上の心意気です。
 要項にありますように、報道関係者でなくとも、別室での傍聴はこれまで同様に用意されているようですので、関心の高さを示す意味でも、ご都合つく方は、是非ご参加なされたらいかがでしょうか。

 地元紙として、県行政に比較的従順な上毛新聞にしては珍しく、明日報告されるという事業費・工期の説明に加えて、「基本高水流量」検証の中間報告もすると報じた上に、推進派と反対市民運動の争点の解説を行い、「抗議や異論が噴出する可能性」とまで記しています。
 八ッ場の多くのお宅の購読紙は「上毛新聞」。
 で、「今朝のに載ってるけれど」と切り出すと、読んでいられたり、熟読してくだされたりで説明しやすく、その意味では、上毛に具体的に記されると?効果と影響力があるようです。

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  最初に関東地方整備局の「記者発表」要項を。
【関東地方整備局「記者発表」】
   http://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/kyoku_00000162.html
八ッ場ダム建設事業の関係地方公共団体からなる検討の場(第3回幹事会)の開催について
河川部
八ッ場ダム建設事業の関係地方公共団体からなる検討の場(第3回幹事会)を下記のとおり開催しますので、お知らせいたします。

1.開催日時:平成23年1月14日(金)  15時から
2.開催場所:九段第3合同庁舎 11階 共用会議室3
  住所:東京都千代田区九段南1-2-1
  開催場所の最寄り駅:東京メトロ東西線・半蔵門線・都営新宿線 九段下駅(6番出口)から徒歩約5分です。
  千代田区役所と同じ建物です。
  ※駐車場がございませんので、公共交通機関をご利用下さい。
3.議事(予定)
 ・総事業費・工期等の点検(中間報告) 等
4.公開等
・会議は、報道機関を通じて公開します。
・カメラ撮りは、冒頭部分のみ可能です。
・報道機関以外の方で傍聴を希望される方は、別室でテレビ傍聴が可能です。
・その他、取材や傍聴等に関する詳細は、本文資料(PDF)別添資料1及び2をご覧下さい。
・会議での配布資料は、同日中に関東地方整備局ホームページに掲載する予定です。
 

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【2010年1月13日(木) 上毛新聞一面中段】
八ッ場ダム 総事業費、工期を報告
 国交省 あす6都県と「検討の場」

 八ッ場ダム建設の是非を決める検証作業で、国土交通省関東地方整備局12日、本県など関係6都県と意見を交わす「検討の場」の第3回幹事会を14日に都内で開き、総事業費と工期などに関する点検結果を中間報告すると発表した。
 事業費、工期をめぐってはダム推進、慎重両派で主張が異なっており、報告の内容次第では抗議や異論が噴出する可能性がある。
 推進を求める6都県などは、国交省が計画した総事業費4600億円の8割近くがすでに投じられ、残り2割で完成できる点を強調。一方、慎重派の市民団体などは、ダム完成後は周辺の地滑り対策に巨額の支出が必要になるなどとして、現在の総事業費を過小だと主張している。
国交省の有識者会議が定めた「検証要項」は、ダム以外の治水縦策を考え、ダムを建設した場合とコストや効果、実現性を比較し、建設の是非をコスト最重視で判断するよう求めている。
 幹事会には同整備局と6都県の部局長級職員が出席する。八ッ場ダムの建設根拠となっている利根川で起こりうる最大規模の洪水流量「基本高水流量」検証の中間報告もする予定。  


Posted by やんばちゃん at 22:31Comments(0)八ッ場だより

2011年01月12日

元吾妻郡選出・山本龍県議の前橋市長選出馬を読み解く

 昨日、吾妻郡の県議選について記しました。
 本日の上毛新聞一面トップには、4期目の山本龍県議が、前橋市長選に立候補の旨が大きく報道されています。記事の内容は公式的見解のみで、以下の記述は、全くの当方の私見です。

 山本県議は、もともと八ッ場現地の隣、草津町出身で、1995(平成7)年の最初の出馬は吾妻郡からでした。同じく4期目の南波和憲県議と同期なのでした。
 前にも記しましたが、知事選出馬直前までは、八ッ場ダム問題関連の席でお見受けしたので、老化し始めた当方の記憶は、昨日11日の記述に混同がありました。
 すでにお読みになられた方たちはおかしいとお思いになられたことと思います。慌てて、さきほど訂正しました。お許しのほどを。

 さて、南波県議と期数は同じでも、ご存じのように山本県議は、前回の知事選に出馬。そのために空いた定数2の吾妻郡選挙区に熱烈なダム推進派の萩原渉県議が登場したのでした。
 先んじての出馬表明と画期的なマニュフェストの配布で、県内に“山本龍旋風”を巻き起こしましたが、結局、選挙戦は小寺前知事・大沢知事との自民党内の対立となってしまって、無所属で出馬の山本さんは、その谷間で無党派層の支持が徐々に薄れてしまって、残念ながら落選。
 そして、直ちに前橋市を中心とした群馬一区の補欠選挙で当選して、票をもらったことと自民半数以上の定数併せのためか、、(批判も買いましたが)あっさりと自民党に復帰しての、現在4期目なのでした。

?しかし、山本県議、前橋市長選に本当に大丈夫でしょうか。
 最終的には御分別あるご自身の判断ですから、自民党筋の内部には匂いもかぐことのできない外野も外野の席から、とやかく言うのもヘンですが…… 
 「自民党復帰」と同じく、なにか自民党筋の“思惑”の上に、多分に踊らさせられているように、思われてなりません。
 補欠選挙にて当選した者の宿命的な悲哀を感じます。
 つまり、一区からの出馬は、補欠戦と同じにはいかず、むしろ一区選出議員の支持者との票の奪い合いになり、トラブルのもと。
 さりとて、吾妻郡=群馬5区からは、もう戻れず。仮に規定内に住民票を戻したとしても、かつての山本支持票票は恐らく、萩原県議または新人の重野候補等に流れてしまっている。ここでのトラブルや難しさも、また避けられず。
 他方、1区と5区の現職県議にとっても、眼の上のコブに近い。かつてはあっさりと自民党離脱、またあっさりと復帰。快く思ってはいないし、邪魔もの的な存在でしかない。
 で、誰も受けてのない、のるかそるかの前橋市長選に送りこめば、全体が安泰という、構図は誰にも容易に読みとれてならない。もし上手く行かなければ、先々の知事選、大沢知事の跡を受けると公言してはばからない、“?生意気な山本県議”も、しばらくは県議にもあがれないだろうし。知事選出場の萌芽ももぎ取ることができるというもの。
 ああ、政治の世界はかくも非情なり。

 なお上毛新聞さんは、トップ記事なのにこの手の記事は殆ど無料サイトには乗せてくれないのです。で、見出しのみを。
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【2011年1月12日 上毛新聞一面トップ 写真あり】
 前橋市長選  山本県議出馬固める
 高木氏も3選に意欲
  


Posted by やんばちゃん at 23:04Comments(0)八ッ場だより