2009年11月11日

今度は「あとがき」転載

 今晩も、拙著よりの転載をお許しを。
 まえがきが終了しので、今度は「あとがき」を。

鈴木郁子著 『八ッ場ダムー足で歩いた現地ルポ』(2004年12月刊)「あとがき」より
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 八ツ場の里は、訪れるたびに褐色の度を増していく。
 先日まであった家々が新たに取り壊され、一軒一軒と転居。生活の匂いの消えた空間が日々広がっている。赫く染められた川岸の色と同じく、ものみな褐色の風景の中に足を踏み入れるたびに、切なくてならない。
 でも、まだこの里に人間の響きあいと温みがある。

 三年前、そんな一筋の血の通いあいにも似た体験をした。補償交渉調印式が行われた二〇〇一年六月一四日、取材に訪れ、その帰途のことであった。
 「それじゃ、ゴミ箱の中に放りこんでおくから、黙って持って行けや」と沈黙の後、取材会場の片隅でお会いしたその方はポツリといった。半ば半信半疑で約束の時間に指定された場所を訪れ、容器の蓋を開けた。すると汚らしいビニール袋に包まれた補償基準の書類一式が本当にあった。「取扱注意」と明記され、右上に通し番号が記されていた。宅地の等級価格を筆頭に庭木や移転新築の際の上棟式の費用など、子細に記されていた。
 コピーであるらしいのは、無骨なホチキス止めで窺い知れた。どういう方だったのか今に至るまで分からない。あえて詮索もしない。ただ、深々とした眼差しと、ひずみに耐えに耐えてきた来し方を思わせる、そんな雰囲気の持ち主であった。
 あたかも、映像でしか知らない非合法下の受け渡し場面を髣髴とさせる、この劇的な方法で、私は水没世帯にしか渡されない大事な基準書をはからずも手にしたのであった。

 劇的ドラマは今に至るまで、続く。
 ついに迎えてしまった現実に打ちひしがれ、その夜、親交のあった人々に慰謝の電話をした。話しているうちに声が詰まってしまった。ある方に昼間の一件も何気なく伝えると、補償額の内容を記事化すると早合点されたらしい。このことに端を発し、まさにテンテン手毬の手毬糸のごとく、私の手をそれてとめどなく、妙な方向に展開することになり行き、ここに至る軌跡がある。
 当時私は、地元出版社の「ライター募集」の広告記事をこの二年前に紹介され、一行いくらのわずかな稿料でつましい生計を立てていた。出入りしたばかりの頃、編集長が八ッ場ダム阻止をめざす会の設立と役員構成を準備していた。きっかけは新聞記者時代の部下で、長野原町担当だったTさんの定年後のライフワーク構想と聞く。発足後、会社の一室がその事務所となり、事務局員まで手配。
 当然の成り行きでほどなく会員となり、ダム関連の取材をこなすうちに、急速にのめりこんで確かに有り余るほどの熱と覇気があった。が、全容はまだ朧ろな状態。価値も分からず、直接伝えてくれれば、感情に即さないことをする気などさらさらなかった。調印式などナンノソノの言動の裏に、部外者には窺い知れない水没当事者の複雑な痛みが折りたたまれていたのだろう。その襞に思い至らなかったことを反省し、お詫びをいいたい心境である。
 派生して、運動関係者が会社に直談判。「書かせない」と約束したそうで、もちろん私も納得。ところがここでもあっさりピリオドが打たれず、不確実な断片を編集長が執筆するに及び、結局はねじれにねじれた妙な表現の自由をめぐって、三六枚撮りを三本も撮った調印式の記事化はむろん、すでに入稿済みの原稿まで日の目を見ず、憤然と職を辞すまでに転化した。
 この社で味わった確執と経済的な極限は、もはや立ち上がるバネをも失いかけさせていた。自分では分からず気がつかない己の非はさておき、思い出すと年甲斐もなく涙がこみ上げてくる一瞬である。
 当時の言葉の断片やそれぞれの立場や心理を追うと、ムックリと起ち上がって一篇のストーリーが構築できるくらいだ。が、物語が如実に動き出すことを、自らの手で固く制御するしかない。
 八ッ場ダム五〇年の歴程が様々にもつれ、もつれた糸口を探すこともほぐすことも、不可能に近いことが、この鎖末な私事をもってしても想像できる。    (続く)  


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Posted by やんばちゃん at 22:34│Comments(0)八ッ場だより
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