2011年09月20日
金かけた罪深い“大人の砂遊び” 困りますゾナ、モシ
【二年ぶりのぶっつけ本番、前に作成したのがあるからそれに沿ってと安心したいたのに、消去してしまったらしく青くなった発表前夜から、翌日の時間ぎりぎりまでかかって仕上げた。……実はしあがらなかった、懐かしのパワーポイントです。本当に下には人が住まれるのだから、造成工事はきちんとしていただきたいものです】
本日の午前中、日本学術会議があったようでした。
先生と呼ばれる方を始め、学者さんや公務員さんたちは、ウソやインチキはなさらないものと子供の時から、かたくなに信じている者の一人です。
前回のキャプション末尾に、ダム建設を始め無意味に野山を切り刻むのは“大人の砂遊び”と記してしまいました。これは罪深い遊びです。
その点、私はかわいげのあるごくごく一般的な砂遊びでした。
砂利砂でつくったお山。最後にそのてっ辺に窪みをつけて、そこに水をいれました。すると砂の壁はたちまち崩れてペシャリンコン。これが遊び終了の自らへの合図で「さぁおしまい。おしまい」にてお開きでしたっけ。
泥に水をいれれば崩れることなんか、子供の時からほとんどの子供が体験。
それが、大人になると、何だか「コンクリートで固めれば大丈夫」と早合点するのか、巨大な近代大型工事をしでかすんですから…… 防水シートを貼れば汚水は地下に浸透しないとでも思っての産業廃棄物処理化工場の数々。
そして、しきりに思います。
頭脳抜群の国交省職員さんたち。彼らがなぜ、あんな荒唐無稽な八ッ場ダムに代わる代打案を、「本気で企画するはずがない」と。
宮づかえの身で、命じられて仕方なくなさっているのだと。
時折り、国交省関連のある時のある場で、詰め寄られて苦しい弁明を行っている姿を拝見します。さらにうなだれ憔悴しきった顔の職員さんが、そっとその列を離れてしょんぼり消えていく場面にであったこともありました。
その横顔にさぞかし、お辛いことと想像たくましく思ってしまった次第です。あっ、きっと良心の呵責にたえきれなくなられたんではないのかと?
……もしかして、もしかしてです。
あの荒唐無稽と非難ゴウゴウの代打案は、ダムを中止させてしまうがための、官僚さんたちから私たちへの“密かなる信号”なのかとも。余りの愚策には、当然、批判がでるからです。そうすれば回避しなければなりませんでしょう。
だって、子供だって知っている、砂遊びの原理から、ダムなんぞ造って良いことなんかないことを、よもやこの国のエリート官僚さんたちがご存じないわけがないではありませんか?
それとも、キャリア組の皆さんは、子供の時に、泥んこ遊びに熱中した、下々の私たちとは違って、そんな泥あそびなんかなさらなかったのでしょうか?
ホント。「困りますゾナ、モシ」…… なぜか、漱石の坊っちゃん風にて。
猛暑の後の疲れから、そんなこと思いはせる、折からの台風とはいえ、一時の慈雨のごときの雨もよいの日に、日がな一日思う、どっかのオバさんです。
まさしく今宵の夢想は、“ただ初秋の夜の夢のごとし”にて……
Posted by やんばちゃん at 21:08│Comments(0)
│八ッ場だより