2009年09月12日
(一)9/5のコメントへのお返事
去る9/5の午前1時頃に、下記に転載のコメントをお寄せくださいました方、お返事が遅れてしまいまして申し訳ございません。(メール先をお知らせくださいましたら)もっと早くお返事できたのですが、ご連絡のとりようがわからなかったのです。
しかたなく、外出前の9/6の深夜に、最新ブログの頭に、以下の言葉添えを記させて頂き、気がかりながらも出かけた次第です。
....................................
コメントをお寄せくださいました方へ (※9/63アップ、現在は削除)
本日、コメントに気がついたのですが、お恥ずかしいのですが返信の仕方がよくわかりません。
(なお、明朝というより、深夜に出かける予定の電車の時間も迫っており)恐れ入りますが、帰宅後に お返事させていただきます。 どうぞ、ご寛容のほどを。
....................................
帰宅後に、ブログの管理画面をあちこち動かしてみましたが、やはり返信は不可能で、往生。
さきほど、ようやくパソコンに精通している方に伺うことができたのですが、メール番号がないと返礼方法がなく、本欄で書くしかないとの由。
そこで、本欄にて以下の、貴コメントへのご返答をさせていただく次第です。が、不特定多数の目にさらされることゆえ、ある程度の制約がつきまとうことは、ご理解くださいませ。
願わくば、もう一度、お便りくださいませんか。仮にご連絡先が判っても、決してご迷惑はおかけいたしませんので。
..........................................................
【お寄せくださったコメント全文】
ダム本体が出来ようが出来まいが地元のコミュニティはすでに破壊し尽くされていて手遅れです。私も近いうちに吾妻を出ることになると思いますし、 現在反対運動をしておられる方々はことごとく地元の反対運動を黙殺してこられた方ばかりなのはなぜなのでしょうか。その理由をご存じなら教えていただきたいと思います。私には理解できません。
※[句読点は、当方が添付]
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【返信 その一】
さて、ご文面から、どうやら水没地内もしくはご関連の方かとご拝察致しております。お辛い立場から、つたなく私見に充ちた本ブログに、勇気をもつてお便りくださいましたこと、改めてお礼を申し上げます。うれしく拝読いたしました。
最初に、次のお断りと確認をさせていただきます。
(いざ記そうとしまして、再度ご文面を熟読いたしましたら、迷ってしまったのです)。
「地元の反対運動を黙殺」の反対運動とは、(現在のダム推進の運動ではなく)かつての地元のダム反対運動と受け止めてよろしいのですよね。
「反対」の語の位置づけ、思いもつかぬ「黙殺」の語の意味あいの関連性。それらが、短いセンテンスの中で微妙な箇所となり、判断に苦しんでおります。
そこで、過日一読後に直感した文意、私たち市民運動に対しての批判、「地元が反対に燃えていた時に、市民運動の面々は手を出さなかった。今頃になって遅すぎる」との常日頃言われておりますご批判。そのように受け止めさせて戴き、以下のお尋ねの件に、見当違いの答えにならないか憂えつつ、誠意をもって記させていただきます。
なお、あくまでも、私個人の見解で、市民運動総体を代表しているわけではないことは申すまでもありませんことはご承知ください。
① 〉現在反対運動をしておられる方々はことごとく地元の反対運動を黙殺してこられた方ばかりなのはなぜなのでしょうか。
② 〉の理由をご存じなら教えていただきたいと思います。私には理解できません。
①について、
「ことごとく」とお書きになられたように、確かに私も微力ながら、反対運動の一員には相違ありません。但し、この10年間、断じて皆さま方の「地元の反対運動を黙殺」した覚えはありません。
※理由として、個人的理由と経過を、別記させていただきます。
ですので、「なぜなのか」と問われましても、これまたお応えしようがないことをご理解くださいませ。
※また仮に(現在のダム推進運動)を意味されているとしても、地元の皆さんの運動を、これまた「黙殺」した覚えはありません。いかなる運動も国民に許された抵抗手段として、自由です。
ただし結果的に、ダム推進派と反対派とでは、立つ足場が180度異なり、途中裁判闘争という場面も加わったことゆえ、「黙殺」ということではなく、もはや、好むと好まざるにかかわらず、「対立の構造」に位置づけられたのは、致し仕方のなかったことと考えます。
お互いに国家権力に踊らされている同じ弱者の立場なのですから、むしろ、切なかったです。歩みよりが叶うなら話し合ってみたかったです。しかし、詳しくは記すこと控えますが、この間、私の動きに対してはなぜか、内外から不本意な制約がつきまとい、手痛い目にあって参りました。?現に本日もあり。
②について、
ここもまた、「理由をご存じなら教えて」と問われましても、同様にしてお応えしようがありませんこと、心ならずもお許しください。
長くなりましたので一挙掲載はムリな上に、読みにくいので、二回に分けてアップさせていただきます。
しかたなく、外出前の9/6の深夜に、最新ブログの頭に、以下の言葉添えを記させて頂き、気がかりながらも出かけた次第です。
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コメントをお寄せくださいました方へ (※9/63アップ、現在は削除)
本日、コメントに気がついたのですが、お恥ずかしいのですが返信の仕方がよくわかりません。
(なお、明朝というより、深夜に出かける予定の電車の時間も迫っており)恐れ入りますが、帰宅後に お返事させていただきます。 どうぞ、ご寛容のほどを。
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帰宅後に、ブログの管理画面をあちこち動かしてみましたが、やはり返信は不可能で、往生。
さきほど、ようやくパソコンに精通している方に伺うことができたのですが、メール番号がないと返礼方法がなく、本欄で書くしかないとの由。
そこで、本欄にて以下の、貴コメントへのご返答をさせていただく次第です。が、不特定多数の目にさらされることゆえ、ある程度の制約がつきまとうことは、ご理解くださいませ。
願わくば、もう一度、お便りくださいませんか。仮にご連絡先が判っても、決してご迷惑はおかけいたしませんので。
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【お寄せくださったコメント全文】
ダム本体が出来ようが出来まいが地元のコミュニティはすでに破壊し尽くされていて手遅れです。私も近いうちに吾妻を出ることになると思いますし、 現在反対運動をしておられる方々はことごとく地元の反対運動を黙殺してこられた方ばかりなのはなぜなのでしょうか。その理由をご存じなら教えていただきたいと思います。私には理解できません。
※[句読点は、当方が添付]
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【返信 その一】
さて、ご文面から、どうやら水没地内もしくはご関連の方かとご拝察致しております。お辛い立場から、つたなく私見に充ちた本ブログに、勇気をもつてお便りくださいましたこと、改めてお礼を申し上げます。うれしく拝読いたしました。
最初に、次のお断りと確認をさせていただきます。
(いざ記そうとしまして、再度ご文面を熟読いたしましたら、迷ってしまったのです)。
「地元の反対運動を黙殺」の反対運動とは、(現在のダム推進の運動ではなく)かつての地元のダム反対運動と受け止めてよろしいのですよね。
「反対」の語の位置づけ、思いもつかぬ「黙殺」の語の意味あいの関連性。それらが、短いセンテンスの中で微妙な箇所となり、判断に苦しんでおります。
そこで、過日一読後に直感した文意、私たち市民運動に対しての批判、「地元が反対に燃えていた時に、市民運動の面々は手を出さなかった。今頃になって遅すぎる」との常日頃言われておりますご批判。そのように受け止めさせて戴き、以下のお尋ねの件に、見当違いの答えにならないか憂えつつ、誠意をもって記させていただきます。
なお、あくまでも、私個人の見解で、市民運動総体を代表しているわけではないことは申すまでもありませんことはご承知ください。
① 〉現在反対運動をしておられる方々はことごとく地元の反対運動を黙殺してこられた方ばかりなのはなぜなのでしょうか。
② 〉の理由をご存じなら教えていただきたいと思います。私には理解できません。
①について、
「ことごとく」とお書きになられたように、確かに私も微力ながら、反対運動の一員には相違ありません。但し、この10年間、断じて皆さま方の「地元の反対運動を黙殺」した覚えはありません。
※理由として、個人的理由と経過を、別記させていただきます。
ですので、「なぜなのか」と問われましても、これまたお応えしようがないことをご理解くださいませ。
※また仮に(現在のダム推進運動)を意味されているとしても、地元の皆さんの運動を、これまた「黙殺」した覚えはありません。いかなる運動も国民に許された抵抗手段として、自由です。
ただし結果的に、ダム推進派と反対派とでは、立つ足場が180度異なり、途中裁判闘争という場面も加わったことゆえ、「黙殺」ということではなく、もはや、好むと好まざるにかかわらず、「対立の構造」に位置づけられたのは、致し仕方のなかったことと考えます。
お互いに国家権力に踊らされている同じ弱者の立場なのですから、むしろ、切なかったです。歩みよりが叶うなら話し合ってみたかったです。しかし、詳しくは記すこと控えますが、この間、私の動きに対してはなぜか、内外から不本意な制約がつきまとい、手痛い目にあって参りました。?現に本日もあり。
②について、
ここもまた、「理由をご存じなら教えて」と問われましても、同様にしてお応えしようがありませんこと、心ならずもお許しください。
長くなりましたので一挙掲載はムリな上に、読みにくいので、二回に分けてアップさせていただきます。
Posted by やんばちゃん at 16:16│Comments(0)
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