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2011年09月30日
チラシ文章掲載 その③
長野原町内女性の手記
ダムに頼らない
町づくりを
八月七日の打越代替地の工事用道路の土砂崩れと川原湯温泉街の土石流は、川原湯地区の方々だけでなく、長野原町の住民にとっては衝撃的だったと思います。
あれだけ安全だと言われていた代替地の、すぐ下を通る道路に土砂災害が起きたのです。川原湯温泉街では、大きな流木等が流れてきました。
いったいこれから先、国交省が安全だと言っている八ッ場ダムの安全性の、どこを信じればいいのでしょうか。
国内では、大滝ダム(奈良県)や滝沢ダム(埼玉県・秩父)のように試験湛水(ダムに水を溜める)後に、周辺地区に地滑りが頻繁に起きています。何度も危険性を訴えても聞き入れられなかった奈良県の白沢地区では、プレハブ住宅への移転を余儀なくされましたが、裁判で勝訴。慰謝料が支払われたのはニュースでご存じでしょう。
ダムを造ろうが造るまいが、代替地の安全は絶対に保障して貰わなければなりませんが、ダム本体を造ることによって、これ以上の危険性を私たち住民が負わなければならない理由が、どこにあるのでしょうか?
八ッ場ダム建設問題の勃発から五十八年間、水没地区の多くの方が精神的・経済的な苦労を重ね疲弊してきました。水没地区だけではなく長野原町の住民の多くが、疲弊した町自体を憂えています。既に失われた自然環境や、失望のうちに亡くなった方は、本当に悲しいことですが、もうもとに戻りません。
これ以上の危険を回避し、これ以上の自然破壊を行わず、水没地区住民の生活再建を真っ先に考えてもらうためには、どうしたらよいのでしょうか。
それにはダム本体工事を中止する以外にはないのではないでしょうか?
大柏木トンネル一つを取ってもわかることではないでしょうか。
西吾妻地区と高崎方面を結ぶ手段として、皆心待ちにしていたわけですが、住民が利用できるのは工事用車両通行のダム完成後、更にトンネル内の補強工事後です。
国は、ダム完成までは住民にとって必要なものを、人質のようにいつまでも住民側に提供してはくれません。本来なら代替地造成から工事を行って欲しかったのに、道路や橋だけが先行して出来上がる現状をおかしいとは思いませんか?
ダム建設はまさしく「下流の幸せは上流の不幸」で、都会のために犠牲を払うことを強いられてきました。しかし今や、利水・治水・電力に関して、その必要性は疑問視されています。
かつて長野原町は道路を造ってやるからダムを造らせろといわれて、泣く泣くダム建設を了承してきました。いずれも利権を持つ官僚と政治界と中央の土建屋が儲かるためのものです。こんなに自然環境を破壊され、水没地区の住民生活に負担をかけ、挙句の果てに人間関係もボロボロにされてしまったのですから、本来ならばこの事業を推進した国と県に損害賠償を請求したいところです。
しかし、もうこれ以上問題を長引かせて、水没地区の生活を破壊しては絶対にいけません。
私達が今求めることは、ダムの本体建設を中止し、水没地区の生活再建案(ハコノモではない)を練り上げ、早急に実行していくことにほかなりません。生活再建案は住民が納得でき、維持できるものを町全体で支えることが必要ではないでしょうか?
一部の利権者の為に、多くの住民が犠牲になる八ッ場ダムの本体工事を、長野原町住民が、声を大にして「ノー!」と力を合わせませんか?
二〇一一年九月十五日
2011年09月30日
地元民がもっとも良くしっている
【初登場の場所です。さて、ここはどこでしょう? お分かりの方、どうぞご一報を。?粗品ご進呈です】
さて、うれしいことに、上記写真をアップした処で、電話あり。
またもの、「新聞折り込みを見た」とのお電話でした。
「こういうチラシが入ったんは、初めてだい」との言葉に、お叱りかと身構えましたが、そうではありませんでした。「年寄りで会合に行けねぇから、電話してみたんだい」とのことでした。
「清水知事が地元を泣かせねえといってたけれど」とか、「自民党県議団は約束守らねえ。味方だと想わせた高島県議が裏切った。そん時に、反対期成同盟が入れた念書が守られていねぇ。自民党も県も住民の生活のことはちっとも考えてねぇ」等をおっしゃられてました。
当時の動きをつぶさにご存知の方と思われます。
関連して、やはり、お電話くださったある女性がおっしゃられたこの部分に関しては、「自民党は自分たちの時代がまだまだずっと続くと想っていたのよね。だから資金が行きわたるまでなかなか造らなかったのよ。だって、必要ならとっくにできていいるもの」と。
また違うご意見には、「前の建設省の時だって、ダムが造れる土地ではないことはわかっていたらしいですよ」とのご意見もありました。
すべて、おっしゃる通り通りです。
それらが複合して、半世紀59年間、ダムができない、造るのが不向きな八ッ場ダムなのです。
一部の有力者たちが味わった栄耀栄華の陰で、いかほどの住民が泣き泣き、ふるさとを跡にしたでしょうか?
何事も地元の方が最も良く知っていらっしゃいます。
もの言わぬ、言えなかった皆さん、今こそ、声あげてください。
かけがえのないふるさと・長野原町の存亡の時です!!