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2014年10月20日
虚偽の収支報告書作成者は? 小渕優子元経済産業相
まずは、本日の小渕優子会見を。中頃から、始まります。
http://www.youtube.com/watch?v=szKFIbj5VuA&feature=youtu.be&t=31m20s
小渕優子元経済産業相の10時15分台の辞任記者会見後、程なくの12時過ぎ、小渕家二代にわたり仕えた元秘書の折田謙一郎・中之条町長の突然の辞任が報じられた。
「収支責任者としての責任をとる」とのことですが……
選挙違反の一種の解決策にありがちな、傷口を広げないために全てを一身に被り、口にをわらずにことなきを得る方法でもとられるのでしょうか?
毎日新聞の速報を転載します。
http://mainichi.jp/select/news/20141020k0000e010171000c.html
そして、「やはりな」と思います。
スタッフの単純、意図的なミスとは感じられはしましたけれど、本日の会見で、その意を強くしました。
番組を中断しての異例の中継放送で、小渕さんは「私自身 監督責任がある」とはしながらも、しきりに「事務所や後援会の調査ではわからない」「わからないことが多すぎる」や、声をつまらせ言いよどみながら、「子供の頃から信頼してきたスタッフ」とまで口にし、「しっかり第三者をいれて調査しないと説明できないと思っている」と結んでいます。
マスコミ筋も、その辺の取材に集中し始めたとのことです。
小渕秘書といえば、八ッ場ダム現地・長野原町の萩原睦男町長もです。
出馬の一年半ほど前まで勤めていたとのことですが、地元民によれば短期間だったとかで…… 作成時期に関わっていますでしょうか?
あるマスコミ筋からは、山本龍・前橋市長の名前もでましたが、小渕元総理時代の秘書で、ほぼ関係なし。
ともかく、明日の朝刊が楽しみです。
忘れてはならないのは、「八ッ場ダム建設受注」建設業者から、自民党群馬県連、並びに「小渕後援会」、「自民党群馬県ふるさと振興支部」等に流れた献金問題です。
群馬5区(旧群馬3区)の伝統的な選挙体制、旧態依然とした後援会活動の実態にメスが入り、自民党王国に少しでも改善のすきま風がふくことを期してやみません。
今日も吾妻郡内で生まれ、育ち、地域内に嫁いだという、若い女性と、「この群馬5区って処は、女には済みにくいよね」と話し合いました。
小渕優子さんは、おじさま族の男性議員にとてもかわいがられてきた女性とか。
いくら男女共同参画社会下といえども、ムラ社会でかわいがられる女性は、「男性よりも先に意見を言わない、しおらしい女性」とされてきました。そういう女性が、男性が仕切るムラ社会の要職につけさせてもらってきて巾をきかせてきた歴程がありました。
私などは若い時に「男をさておいて、もの言うデシャバリ女」というレッテルを張られて生きてきました。でも、あれから40年近く、今やそれらボス的存在だった男性陣が老いて、発言力が薄くなってきたためか、心地よい風に吹かれています。
2014年10月20日
小渕優子辞任 観劇問題のバスは、やはり約50台だった
小渕優子経済産業相の辞任劇が特別体制で、報道中継されています。
その中で、観劇参加者は約1000人と伝えられてましたが、実際は2回、その倍の動員数だったことが明らかになり、ほっといたしました。
というのは、実は3年前の2011年12月21日付の本欄で、辞任の原因となった、明治座観劇問題について、以下のURLで記していたのでした。が、後援会の女性が語った通り「2日間にわたり、バス50台にて」と記してしまっていたからでした。
そして今月、確か4日頃、「週刊新潮」の記者から、小渕さんの観劇問題をおっていて、このブログを読んだとの突然の電話を戴きました。
ために、発売前日の15日にも連絡をもらっていたという経緯もありました。
http://s35.gunmablog.net/e211860.html
(二)開通式 地元女性たちとカワイイ優子ちゃん
http://s35.gunmablog.net/e211801.html
(一)ここでは未だ自民党国家健在なり 見よ、二世議員ばかり
前田大臣によって「八ッ場ダム建設継続」がもたらされた2011年12月22日。その2日前の20日「上信自動車道期成同盟会長」として、小渕衆議院議員も出席した上信道開通式の席で、地元後援会の女性たちから聴き、同年12月21日にブログに記していたのでした。
私は、前日午後から夜にかけて駆けずり回って集めた反対署名を、その夜のパブニングでついに帰宅できず、仕方なく川原湯温泉駅で車中泊していた経過があり、珍しく早目に会時用についたのでした。
この時の来賓たちには、「建設決定」の報は、ひそかに伝えられていたらしく、にこやか晴れ晴れしい雰囲気でした。
その陰で、来賓たちと一般参加者の、駐車場一つに始まっての歴然としたヒエラルキー的区別に腹がたっていたものでした。
で、(二)のブログは、土地を売却させられたり騒音になやまされてきた、本来ならばこの方たちこそ功労者の席に座るべきなのに、はるか離れた場所に固まって見守っていたのが目にとまり、思わず持ち前のおせっかいで日頃の信条に基づき「もっと前へいらしたら」と声をかけたのが発端でした。あの時、どういうわけか、この駄文ながら、詳述しておいて良かったです。何が、結びつくかわかりませんものね。
(一)のブログは、「二世議員」だらけの群馬選出議員について記したものでした。
ご承知のように、旧群馬3区、現在の群馬5区の選挙戦は並ではなく、その群馬5区の有権者の一人として、つぶさに見聞してまいりました。
私の家の近くに、高崎事務所があり、昨夜は深夜まで煌々と電気がともってました。
また、実際に観劇に参加した女性たちも身近におり、昨日あったイベントで地域の実際に具体的な証言も聴いてます。で、もしかしたら、「職員の使い込みかもね」との憶測も流れていました。
実は、裏付けをとってなかったので文章化はしなかったのでしたが、確か「お土産がすごいだ」との言葉も耳に残っています。ですが、当地の参加者にはお土産はなかったそうでした。