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2011年04月22日
山延胡索なり、その名もゆかし花の名は

20日の本欄で、八ッ場からわが家に移転してきた花たちのことを記しました。そして、カタクリと共生している名前の解らない花も添えました。
さっき、電話を頂戴。いつもこまめにイベントなどのご紹介をしてくだされるTさんが話の最後に、「あれ、けまん草の仲間じないですか?」とやわらかく繰り出してくださったのに、反射的に「でも、けまん草じゃないと想うよ」と言ったしまったのでした。(わが言葉、いつも高調子でことのほか響きが強すぎる由にて……)。
「でも、たぶん、紫けまんとか山えんごさくとかいうんじゃないかな……」と。彼女はとっても博識なのに極めて控えめなものいいなさる方なのです。
始めて聞く「山えんごさく」。慌ててメモッた次第。で、「じゃ、調べてみるね」と言って電話をきりました。
(実は、最近の一連のブログも読んで下さったとのこで、この前に「大変でしたね」と言ってくださいもしたのでした。「ホントなのよ」とばかりに、セキを切ったように愚痴りだしてしまった次第。わかってくださった方がいたことがうれしくて、そのことで張りつめていたものがすっかり落ちてくれた思いでした)。
心優しいこの方への礼もこめて、すぐにインターネット検索を。
ありました。やっぱり彼女の言うとおり。「山えんごさく」。その文字も花の優美さに似合わず、「山延胡索」。なんといかめしく哲学的な名なのでしょうか?
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【けし科きけまん属】 分布地 本州、四国、九州
4~5月咲き 山近辺の腐葉分の多い薄日のあたる斜面に分布
紫ケマンに似た花 花の長さ2cm位
葉の形が違うのと色が紫ケマンより青い
葉の形は変異が多い 花色も変異があり赤紫に近い色もある
草丈30cmまで 全体に咲くと地面が青くなり美しい
北に生えるえぞえんごさく 花がピンクのじろぼうえんごさく
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それにしても、「次郎坊延胡索≒じろぼうえんごさく」って何なのと思うとともに、そこはかとなhストーリィ性がただよってきませんか? 調べてみたら、なんと、(名前は地方の呼び名からで)太郎坊はスミレ、この花が次郎坊というのだそうです。
こんなむずかしい名前の花だとは、なんの手づるもなしに図鑑を調しらべてもラチがあかなかったものと想われます。
で、早速、彼女お礼を。
「あなた、物知りね」と自分の無知をさておいて平然とくりだしたものでした。それと「けまん草じゃないわよ」といい放ったことも心中でお詫びしつつ、この方のお手柄に感謝の想いをこめて、電話した次第です。

ことのついでに「紫けまん」を引いてみました。あっと声をあげてしまった次第。
この花は、ここ何年も、そして、今日の昼間も何本も抜いた雑草なのです。紫といっても赤紫で、わか家の敷地内の土には相性がよいのか、採っても採っても生えてくるのです。
そして、抜き取る度に、ちょっぴり胸の痛みをおぼえる花でもあるのです。
というのは、1926(大正15)年年生まれの父方の末の叔父が、定年になると同時に故郷のこの地に簡単な家を建てて、約10年間ほど盆栽いじり等で暮らしていました。
その頃、私たち姉弟は父の急死、母の死と相次ぎ、母を住ませることのできなかった日あたりのよい道前の新店舗の方に移住していて、この家は空き家同然。ましてや庭はジャングルのごときの荒れ放題になっていました。
みかねた叔父が、毎日やってきて庭木の手入れをしてくれていたことがありました。そこに何かの折にひょいとやってきた私が、叔父の芽の前にあった花ざかりの、この花の大きな株をヒョイと抜いたものでした。
叔父は「こんないい花なんだから、とっとけや。せっかく咲いたんだから」等の言葉をくりだしたものでしたが、当時は今よりももっとヒトのいうことをきくような人間ではありませんから、「だって、こんなの雑草だし、生えてしょうがないがね」と。
ほどなく叔父夫婦は東京へ戻りました。そして、翌々年の春、71歳で叔父は亡くなりました。
若い時にふるさとを出て、定年を待ちかねて生まれ在所の土くれになじみつつある時に、生意気な姪にピシヤリとやられた、その時の叔父の切ない気持ちが、めぐりくる春ごとに、抜いても抜いても芽生えてくるこの花を抜く都度、胸に迫ってくるのです。
昭和期の農村部の次男・三男の宿命とともに……
お客にくるたびに、作文や図工等をほめてくれたりした叔父でした。この叔父の買ったものかどうか今は定かではありませんが、貧しく何もないわが家に、珍しく文庫本風の糸でかがった昔の装丁の啄木の「一握の砂」が、昔の小ぶりな文机におさまっていましたっけ。
そして、不思議にの雑草にしては、嫋嫋としすぎている花に「紫けまん」などという優美な名前がついていたことも、山延胡索という偏屈な名前の、山野草のことも、不思議にも本日までしりませんでした。
野草にしては、華やか過ぎるのが気にくわなかったのかもしれません…… あの当時も今も終生、華やぐことに縁のない身には。そして、これでも結構、山野草については知っているつもりでしたが、図鑑を開いてみようとも調べてみようとも思わなかったのでした。
なお、「けまん」とは浮彫りの仏前装飾具のことをいうのだそうです。
祖父母たち、叔父に採っては両親の汗の染みた畑地にたって、一塊の土くれに咲いた紫けまんの、その心寄せた花さえも、生意気な姪によって想うままにならなかった、叔父の霊よ、安らかなれと祈る、春の一夜です。
Tさん、教えてくださってね本当にありがとう。